07:秋刀魚


 実りの秋とは、古来からの日本の収穫のサイクルに因んだ言葉である。稲作と親しんできた日本人には切っても切れぬ関係である米のおいしい季節、夏の終わりに新米の便りを聞けば秋の味覚に想いを馳せるのも必然。そも、昨今の酷暑によって削られていた体力が涼しさと共に回復してこれから訪れる冬に向けて栄養を蓄えようとする人間の仕組みとも合致するように魚は太り、果実は実り、稲穂はこうべを垂らすのである。

 つまり、秋は、最高だ。

「んー、やっぱりあの資料も借りてくればよかったな」

「似たような論文がオンラインにあるぞ」

「助かる」

「……その課題が出たのは二週間前だからな」

 深緑の湯のみから玄米茶を啜る二宮が少し呆れたような声で言った。ランク戦と訓練と防衛任務をこなしながら大学の課題までこなしている二宮がすごいのだとなぜ気づかないのか。ボーダー隊員ということで多少は大目に見てもらえている節はあるが、二宮はそこに妥協を挟まないので一定以上の成績を収める努力をしているらしい。まあそれは元々の素材がいいからできることであって、私が同じ努力をしても同レベルの成績は取れないだろう。

 そういえばその湯のみ、今日の二宮のシャツと色味が似てるな。変なことに気づいてしまったので対面するように座っている彼を見つめてみると、うざったそうに目を細めた彼は黙って秋刀魚の身をほぐした。

 秋刀魚。

 尖った口、刀身のように長い煌めく身体、滴るような脂。蒲焼きの缶詰もそれはそれでなかなか嫌いじゃないけれど、やはり秋を冠するだけあって秋刀魚は秋に食べる塩焼きがたまらない。

 実家から送られてきた新米、近所のスーパーで安かった南瓜、そして魚屋で出会った生きがよくて美しい秋刀魚に心を奪われてしまったものだから、急に秋を満喫したくなったし、それを一人で食べるのをもったいなく思った。しかし今日は親しい友人たちは都合が悪いと前から聞いていたし、加古は任務で本部に居るらしい。そうなると、思い浮かんだのは一人だった。来てくれる保証もなかったが、ビニール越しの尖った黄色い口先をズームして写真を撮って送りつけてみる。

『秋刀魚を焼きます。食べませんか』

 既読、のち、レスポンス。まさかまさかの承諾である。正直どうかなと思っていたので、驚いて南瓜を落としかけた。

 まるまる太った秋刀魚はこんがり焼けていて、箸を入れると香ばしい皮が柔らかく裂けた。大きな骨を避けて白い身を一口。秋の実りに感謝する。今年も三門市に秋刀魚をありがとう。大皿に盛った大根おろしを山盛り添えてもう一口。なんで脂と大根はこんなに合うんだろう。

「おいしい」

「ああ」

 思わず口から出た言葉だったが、返答があって驚いた。表情には出さなかったものの、茶碗から視線を上げてしまったので目が合った。怪訝そうな顔。

「うまい」

「……うん、ありがとう」

 気遣いだ。二宮の友人への気遣い。秋刀魚を焼いたのも南瓜を煮付けたのも味噌汁を作ったのも私だから、たぶん労いもあったのかもしれない。それじゃあと思って手持ち無沙汰だった二宮が申し出てたくさん擦ってくれた大根の擦り具合とかを褒めると、「ただの大根おろしだろ」と一言で切られた。

 それからは大学やボーダーのことなどの会話をたまに挟みながら、二人とも皿を空にした。一人暮らしでも譲れないと選んだ本炭釜の炊飯器で炊いた新米はたまらないので、とたくさん盛って渡した茶碗も、米粒ひとつも残さずに完食されていた。

「この玄米茶、この前のか」

「あ、そう。天丼のとこ」

 シャツと同じ色をした湯のみを傾ける二宮は、湿った唇を舐めながら黙って頷いた。気に入ってくれたのだろうか。それか私が茶葉を買うのを見ていたからただの確認かもしれない。未だに二宮の意図は読みきれないけれど、それでもたぶん、少しだけは読めるようになってきたのかもしれない。

 食器は後で洗おう。二宮が手伝うと申し出てくれたが、申し訳なくて断った。ジャケットを羽織った二宮に玄関先に常備しているのど飴を握らせると、なぜここにと問われる。出る直前にポケットに突っ込めて便利なのだ。冬場は個装チョコレートも置いていると答えると、なぜか何とも言えない顔をしていた。

「わざわざ来てくれてありがとう、どうしても食べたかったから」

「構わない、時間も空いてたからな」

「また作りすぎたら呼ぶよ」

 冗談めかして笑うと、二宮は瞬きを挟んでから「そうだな」と答えた。あ、これは『読める』ほうだ。二宮の意図。

 本当に呼ぶからな、と思ったけれど、口には出さなかった。代わりに手を握って、ゆるく爪の跡を残してみた。