05:タルト


 長く伸びた行列を頭から尾っぽまで眺めて、二宮は至極嫌そうに眉根を寄せた。薄手の春物コートに突っ込んだ両手が居心地悪そうに揺れる。綺麗な革靴の踵が後ずさりをするようにアスファルトを掻いたのを察して、私は彼の背に手を添えた。

「二宮、約束だからね。二言はないからね」

「お前はこういうときばかり張り切るな」

 流し目で睨まれても怖くない。私は気づかなかったふりをして、目の前の最後尾に身を滑らせた。

 面倒な課題を先送りにしがちな私を見かねた二宮が、課題の評価がよければひとつ行ってみたい店に付き合ってくれると言った。いや、最初はもう少し別の文言だった気がするけれど、最終的に言質を取った内容としては「高評価が取れたら最近できた新しいカフェにデザートを一緒に食べに行ってもいい」である。どうしてそうなったかはよく覚えていない。本部のロビーの隅で電子辞書片手に真っ白になっていた私の頭には、缶コーヒーを差し入れに来てくれた二宮の呆れ顔だけがぼんやりと記憶されている。

 一念発起した私が取り組んだ課題は、躓いていた初期段階さえ乗り越えてしまえば早く、最終的に教授からお褒めの言葉を頂くほどの評価を得られた。やればできるんじゃないか、と付け加えられたのを馬耳東風に受け流し、とにかく報告せねばとその日のうちに二宮に高評価を宣言した。「よくやったでしょう」と胸を張ったときは素直に褒めてくれたのに、彼は私が約束を忘れていないことを察したのか苦虫を噛み潰したような顔をした。

「行くでしょう?」

「……」

「言質取ってるもんね?」

「……」

「……もしかして冗談だった?」

「…………いや」

 私が覚えていないことに期待していたのか、高評価が無理だと思っていたのか、まさか本気だったのかと引いていたのかは定かじゃない。彼の後ろで犬飼くんが弓なりにした視線でこちらを窺っていたが、二宮は最終的に私の提案に頷いてくれた。その場で日程を決めて別れ、後日選定した目的地をメッセージすると、既読はついたが返信は来なかった。



 想定通りの長蛇の列。お目当ては季節のフルーツタルトである。瑞々しい果肉をジェンガのように組み合わせたタルトはそびえたつと表現しても差支えない。艶めくナパージュは美しく、唇に触れた瞬間に幸せになれることは間違いない。全国的にファンの居る店だが、三門市に出店されるのはここが初めてということもあって開店前からうわさになっていたのだからこの賑わいも当然だった。

「二宮も好きだと思うんだけどな、生クリーム甘くないよ」

「そうか」

「あ、ここコーヒーもおいしいって。フレーバーティーも評判いいから、茶葉を買って帰ろうかな」

「ああ」

「……ねえ、ごめんね」

 意図せずボリュームが下がった謝罪だったが、二宮は聞き逃さなかった。前に続く人の頭を眺めてうんざりしていた視線が私を見下ろす。デフォルトの二宮だ。機嫌は悪くも良くもない。

「わざわざ付き合わせて」

「今さらか?」

「うん。今回だけにするから」

 怪訝そうな二宮。私も反省しているのだ。二宮の背で隠れていた犬飼くんに気付かずに話かけて、後輩の目の前という断りづらいシチュエーションで無理を押し通した。だから、わがままを言うのは今回限りだ。

「それこそ、今さらだな」

 コートのポケットに手を突っ込んだままの二宮が、前が進んだだけ列を詰める。店の入り口まであと五組ほど。店内に入ってコーヒーに口をつけるのは昼時を少し過ぎた頃になるだろう。

「別に、お前が選んだところに文句はない」

「ないの」

「ああ」

「行列は」

「たまになら」

 だからつまらないことを気にするな、と呟いた二宮の声のボリュームも小さかったけれど、私も聞き逃さなかった。なんだ、いいのか。言ってもいいのか、わがまま。二宮の懐の深さに感嘆して、私は急に気分を上向かせてスマートホンを覗き込んだ。

「ほらこれ、きれいなパフェ。迷うなあ」

 実際に店を訪れた人々が投稿した写真がずらりと並んでいる。美しく飾り付けられたパフェや芸術品みたいなケーキに目移りしていると、隣の二宮は「タルトを食べに来たんだろう」とやっぱり呆れたようなため息を吐いた。