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「ジャスティスデーはシュテルンビルト全域で大いに盛り上がるお祭りですからね。わざわざこのために来る人も多いんです。私も友達に『アポロンメディアに勤めてるならパレードのチケットの融通利いたりするんでしょ? それかよく見える隠しスポットとか教えてよ』って言われましたよ。融通は利かないしスポットも知らないって返したらアンタそれでもシュテルンビルト在住なのってひどい顔でしたけど、ほぼ地下暮らしに何を言うって感じですよね」

 つらつらとそう言ってから、はようやく顔を上げると、「急にどうしたんですか?」と不思議そうに首を傾げた。

「いや別に? いまどこ見ても明日のジャスティスデーの話題しかねえから、どんなもんなのかと思っただけ」

「ああ、ゴールデンさんはシュテルンビルト来たばっかりですもんね。私も初めてのジャスティスデーは面食らいましたよ」

 人もすごいし騒がしくて、と口ずさんで、は固まった体をぐっと伸ばした。

 今日はシュテルンブリッジの車両落下事故と謎のNEXTとの戦闘とが続いた騒がしい一日で、出ずっぱりだったスーツには細かな傷と汚れが目立つ。夜間にはパトロールが控えているため、メンテナンスを急ぐ必要があった。といっても既に大体を終わらせているため、がいま何に熱中しているかというと、スーツ磨きである。

「せっかくのお祭りも出動なんてヒーローの皆さんも大変ですよね」

「それ言ったらアンタも地下で詰めっぱなしだろ?」

「もちろん。何かあったら困りますから」

 『何か』。ライアンはを見て、寒々しい格納庫で燦然と輝く黄金のスーツを見た。

 十中八九、明日は『何か』が起こる。バーナビーが指摘した通り、犯人がジャスティスデーの女神の伝説になぞらえた犯行をしているなら、明日こそとびきり大きな『何か』が起こるはずなのだ。無駄に動揺を与えないようにと、このことはヒーローと一部の人間以外は知らないが、立場上ヒーロー関係者との距離の近いはそれを肌で感じているようだった。

「頼もしいねェ。じゃ、パレードの主役を食っちまうくらいキレーに磨いてくれよな」

「アイ・サー!」

 愉快そうに笑って、はまた布を片手に腰を落とした。

 パトロール開始準備まであと十五分といったところ。ライアンはやっぱり目に悪そうな格納庫の照明に目を細めながら、の丸められた背をじいっと見ていた。ツナギ越しに少し背骨のラインが浮かぶ、華奢な背中。

 元々ライアンはこんなに時間前行動をするタイプではなかったはずだ。なのに、装着に時間がかかるわけでもないくせに、ただヒーロースーツが収められただけの娯楽性のかけらもないこんな場所に立っている。昼食だおやつだと食べ物を差し入れると子どものように喜ぶものだから、餌付け気分で通ってすらいた。

 好みとしては、もっとこう、それこそ今日戦った謎のNEXTの方が近いはずなのに。

「ゴールデンさん」

 そんなとりとめのないことを考えていたせいか、一瞬反応が遅れた。「ンだよ」、返答も少しおざなりになる。

「『俺のブーツにキスをしな!』」

「……ハア?」

「キメ台詞。……ですよね? 間違えましたか」

 ちょうどスーツの足もとを磨いていたが、顔だけライアンへ向けた。その目が少し気まずそうだったので、合ってるよと頷いてやると、ふっと安心したように綻ぶ。

「いや、初めて聞いたとき、さすが流れの重力王子って思って」

「『さすらいの』だよ。アンタ、勝手に人を流れ者にしすぎだっつーの」

「ああ、そうそう」

 キメ台詞と二つ名なら二つ名の方が間違えてもセーフだと思う方らしいは、「『さすらいの』」、と適当に舌先で転がして、スーツの尖ったつま先を優しく擦った。金色と白の間に走る深い青のラインを、指先で払う。仕上げの合図だった。

「あと、誰かがキスしても大丈夫なように、きれいに磨いとかないとって思いました」

「やさしーね。ちゃんのおかげで悪党は腹壊さずに済むわ」

「あはは。ねえ、ゴールデンさん」

 軽やかに笑って、は膝に手をついて、おもむろに立ち上がる。強い照明に照らされた肌が不健康そうに白い。喉元がやけに眩しかった。

「このスーツに初めてひれ伏したのは、私ですからね」

 は疲れのにじむ目で、それでも『ライアン』をしっかりと見ていた。

 あの日、同じような表情で自分を通り越していた視線が、いまは吸い付くように結び合っていた。

「そりゃまあ、膝つかなきゃ足もと磨けねえしな」

「その通りですけど」

 わざと話を逸らしたのに、は気付いただろうか。そのあたり気にしていなさそうな彼女は、ふと時計を見て、「時間ですね」とライアンを促す。

「気を付けて行ってください」

 そう言ったの手が、ライアンの背に触れかけて、そっと抑えられた。