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「『お断りします』って何回も言ってる通り、ダメです。七大企業のどれもがヒーロースーツのあれこれについては慎重になってるのわかってますよね? スーツの性能は日夜議論の種になるデリケートな問題なんです、もし競合他社にうちの技術が流れたらどうなさるおつもりですか。……情報管理はキッチリしてるから大丈夫、って、そういう言葉ひとつで開けるほどうちのヒーローは安くないんです。今度こそ本当に、お断りしま――あ、ちょっと、もう!」

 密閉された格納庫でわんわんと声を響かせていたのは、ここ最近で見慣れた顔だった。珍しく声を荒げたは携帯端末に向かって物言いたげな視線をぶっ刺していたが、ふと出入り口に立っているライアンに気づいて、「あれ?」とでも言いたそうな顔になる。それに気付かないふりをして、ライアンはブーツの重厚な靴音を鳴らしながら、相変わらずどこか湿っぽい部屋を進んだ。

「よお、ちゃん。どうしたよ、怖いカオして。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ」

「ゴールデンさんこそ、どうしたんですか。こんなところ、スーツしかないですよ」

 そのスーツしかないところに詰めっぱなしのは、心底疑問そうにライアンを見上げていたが、彼の差し出した紙袋を見てみるみるうちに目を輝かせた。想像以上の反応にライアンの口元が吊り上がる。ここしばらく付き合ってみてのあしらい方は十分わかっていた。

「頑張るちゃんに俺様からの差し入れ」

「ありがとうございます!」

「おっと、『待て』」

 飛びつきかけたの眼前に大きな掌を突きつけ、この間聞き出した彼女お気に入りのホットドッグを宙高く引き上げる。長身のライアンを怪訝そうに見上げる彼女は、まさにお預けを食らった犬のポーズ。

「なんですか、藪から棒に。『待て』って、まるでペットみたいに」

「まあまあ。ぎゃんぎゃん吠えてたじゃんかよ、さっき。電話越しにさァ」

「吠え……」

 それでも、騒いでいた自覚があるのか、はそれ以上何も言わなかった。ちょっとふくれたようにライアンを見て、いや睨んでいた気がしたが、ライアンが何を言わせたいのかしっかりと気づいているようだったので、ライアンも黙っていた。彼女を見下ろす瞳は楽しそうに細められ、挑戦的に瞬く。

 は諦めの溜息を吐いて、「雑誌ですよ」、と白状した。

「雑誌」

「どこもかしこも、ゴールデンさんに興味津々なんですよ。インタビュー、数多く受けてるでしょう。今週だけで何冊も特集記事ですよ」

「そりゃね。そういうのもヒーローの仕事の内なんだし、その上この俺様だし」

「で、『噂のゴールデンライアンのスーツについて』。この格納庫に、カメラマンを入れたいっていうんですよ。機密だらけのここに。他社のカメラマンを! 私は嫌ですよぜったい、お断りしますって話です。ね、つまんないでしょう」

「はあ」

 カメラの一台二台入れても、いいんじゃねえの。という言葉を飲み込ませるほど、は深刻そうだった。確かに前に言っていた通り、彼女はずっとこの詰め所でスーツやそのデータと向き合って過ごしているのだから、ここは文字通り『の城』とも言えるのだろう。本当にスーツのことしか考えていなさそうな頭をぼーっと見下ろしていると、ふとの物言いたげな視線とぶつかった。

「……あ、これ? わりーね、おあずけ長かったわ。はい」

「本当にくれるんですか」

「腹空かせてるちゃんの前で俺が食べてもいいけど?」

「いただきます」

 まだ熱いくらいのホットドッグの入った紙袋を恭しく受け取って、はライアンを詰め所へ招いた。ライアンも遠慮なくソファベッドを占領する。相変わらず軋みやがる、と思って、そう思うほどにここに通っているのだなと気づいた。

 「――ってるんですよ」ふと、インスタントコーヒーを溶いていたはずのの声が落ちる。

「あ?」

「分かってるんです。カメラくらい入れてもいいし、宣伝やイメージのためには必要なことだって。見せびらかしたい気持ちだってあるのに、邪魔もする。ちゃちな独占欲ですよ」

 驚くことに、は自分で「つまらない話」と切って捨てたはずの話題を蒸し返すつもりらしかった。彼女は浮かない顔で蛍光灯の光を受けてぬるりと艶めくソーセージを噛んで、黒々とした安物のコーヒーを啜る。コーヒーカップの縁にはグロスの跡すらつかない。

「独占欲。あれに一番詳しくありたいってやつ?」

「一番詳しいのは斎藤さんだから敵わないですよ」

 サイトウ、と呟きを転がして、ライアンもホットドッグからピクルスをつまんで口に放り込んだ。あの眼鏡の小柄なメカニック。そういえば明日だか明後日だかにスーツの実験をするからとかいう呼びだしを受けていたっけ、と余計なことまで思い出して、金色の眉を少し寄せた。

 もまた眉を顰めた沈痛な面持ちだった。

「たぶん、なんとなくですけど、スポットライトを浴びてない『ゴールデンライアン』は、私のものであってほしいと、思ってるんです」

 まるでおもちゃを手放すまいとする子どものような、そんなばつの悪そうな顔だ。はそんな告白めいたセリフを吐いておきながら平然とホットドッグ攻略を続ける。小さな顎が咀嚼する間に、とりとめのない思考を文字化しているようだった。

 それに倣って、ライアンも咀嚼中にまとめた疑問を投げる。「なあ」

「なんでそんなにあれに拘んの? 同じ型ならアライグマのおっさんのでもジュニアくんのでもいいんじゃねーの」

「どうなんでしょうね。自分でも、整備担当を任されたこと以上にあのスーツが大事に思えるの、ちょっと不思議なくらいですよ」

「そりゃあ。中身が俺だから?」

「あはは、そうかもしれませんね」

 見事に流された、とライアンは唇を舐めて油を拭ったが、鋭い観察力を持つはずの彼はこのときの珍しく赤くなった耳元を見逃した。それはホットドッグに気を取られていたからか、次に投げようと思っていた話題を整理していたからか。ライアンは早くその素晴らしい提案をしたくてうずうずしていたから、たぶん後者が七割だ。

「なあ、ちゃん。雑誌の件だけど、『他社のカメラ』が入るのが嫌なんだよな?」

「そうですね。前に言った通りここはたくさんの情報に溢れてますから、ひとつひとつ確認させてもらうのも面倒ですし、何より、ううん。面倒です」

「じゃあそのカメラマンが、ここによく出入りする人間ならいいって?」

 思考を言葉にするのを億劫そうにしたは、ライアンが何を言わんとしているのかに気づいたらしく、目を丸くした。得心がいったように、「なるほど」、と、コーヒーを煽る代わりにカップの中に呟きを溶かす。

「ヒーロー自身が自分のスーツのスナップ写真を取って、コメントでもつければ……それなら雑誌側の求めるスーツの写真も、ゴールデンライアンを知りたい読者のニーズも一挙に解決する……なるほど、ああ、そっか、ゴールデンさんのカメラ趣味アピールにも繋がるのかな。あ、これはすごく、いい」

「どう? まあ、ライターや会社とのアレコレあるだろうけど、悪くねーんじゃねえの?」

「最良です!」

 は跳ね上がるようにして立ち上がり、きゅっとコーヒーを飲み干すと、携帯電話片手に詰め所の奥へと引っ込んでいった。冴えわたるカメラの才能をどうやって思う存分に発揮してやろう、と心弾ませていたライアンの脳裏に「趣味について話しただろうか」とほんの少しの疑問が掠めたが、彼はすぐにそれを放り出した。隠していない趣味だ、どこかで耳にすることもあるだろう、と。

 だからライアンは、のデスクに積まれた最新の雑誌の山をまたもや見逃した。ところどころに付箋のはみ出すそれは、どれもこれもまばゆい金色が表紙を飾っている。