「は? 改二?」

 そりゃめでたいことだ。大尉殿――最近昇進なされて現在の階級は少佐殿に聞いたことがある。武勲が認められた練度の高い艦娘にのみ許される、複数回目の改装。それが改二だ。艦娘の勲章のようなもので、誉である。

 そんなすばらしい報告をしにきたというのに、龍驤は所在なさげに視線を逸らしたままだった。

「う、うん……」

「めでたい」

「ありがとね。いや、ホンマ嬉しいんやけど……」

 まっすぐおれを見ないまま、いつものズケズケとものを言う態度はどこへやら、龍驤はまごついている。何が気に入らないというのか。おれは視線を手元へ落とした。もはや見ずともできるかぎ編みの目は均等だ。

「あ、あのね。ウチらが改二になると、変化があるんよ」

「扱える武器とか?」

「武装や艤装の変化もそうなんやけど……」

 もごもご。はっきりしない龍驤は、おれの手元あたりを見ているようだったが、ただ言葉を探しているようでもあった。ご、ろく。かぎ編みはちくちく進む。龍驤が言いよどんでいる間に、休憩時間にと始めた気分転換が終わりそうな気さえする。

 意を決した龍驤が、こしょこしょと何事かを言った。

「……もね」

「もうちょい大きな声で」

「衣装もね! 変わるんよ!」

 編み目をわすれた。




 3番の鍵を開け、左右に立ち並ぶ衣装の間を進む。

 衣装が変わるということは、おれが今まで作っておいた龍驤の衣装がむだになるかもしれないということだ。姉妹艦が居れば流用もできたかもしれないが、龍驤が「独特なシルエット」と自称する通り、他に着回しできるやつもいない。

「十着……まあ、まだ傷は浅いか……」

「十着で浅いん?」

「戦艦級になると、一人十五ずつはストックがあるからな」

 その理由も、単に彼女らが出撃するような戦場は規模が大きいことが多く、つまり服も傷みやすいということだ。別に龍驤をないがしろにしているわけではない。フォローを入れるべきかと彼女を見下ろしたが、バイザーのつばが邪魔をした。

 あのな、龍驤。

「あのね、
 先を越された。慌てず先を促す。

「改二になって、これ全部いらんってなったら、ウチにちょうだい」

「ちょうだいも何も、全部お前のだよ。改二になっても」

「……そっか」

 龍驤のたおやかな指が、吊られた衣装に伸びる。広めの袖が落ちて、下のシャツが覗いた。細い手首。小柄で華奢な、こんな女の子が、海で戦って、勲章を。

 そんなことを思って注視していた指が、臙脂の衣装に触れた。

「わっ!?」

 龍驤の肩が跳ねる。おれもその声にびっくりして固まったが、そんなのほんの一瞬のことで、おれは別のことに気を取られ、目を剥いたまま静止していた。

「き、キミ……見た?」

 見た。見たとも。

 龍驤が触れたとたん、衣装がうねり、みるみるうちに“変化”したのを。




「妖精の加護ってのに助けられた」

「ホンマよかったね、むだにせんですんで」

 3番の鍵を閉め、おれたちは作業場に戻ってきた。

 たしかに艦娘の服を作っているのはおれだが、実際わからないことだらけなのだ。毎日届けられる布に見える通りにハサミを入れ、導かれるままに糸を通すだけなのだから。そもそも、この素材がふしぎだ。深海棲艦の攻撃にも耐えられるよう、素材にも妖精の加護というのが備わっているらしい。そのせいで扱える人間が限られるという話だ。

 そして、その加護は艦娘ともつながっているらしく、艦娘の変化に柔軟に対応する。柔らかなニット地が体に添うように、衣装も艦娘と呼応するらしかった。

「いやー、ウチもちょっち言いづらかったのスッキリしていい気分や!」

「言いづらかったのか」

「だって、今までのキミの仕事むだでしたーなんて言えないでしょ。改二って聞いて大喜びやったけど、ホンマ安心したわ」

 そうだ。改二。

 おれは晴れ晴れとした表情の龍驤を呼び止め、先ほどまでいじっていたかぎ編みを解いた。彼女が目を剥く。作りかけの臙脂のニットタイが、目に見えて短くなっていく。

「ちょ、ちょっと、キミ」

「ちょっと待ってろ」

 作りかけだったニットタイの端の処理を済ませ、完成していたコースターを継ぎ合わせる。それに安全ピンを付けてやると、見覚えのある形になったのか、龍驤が笑った気がした。

 胸元につけてやろうとして、また騒がれるんじゃないかとひやひやしたが、龍驤がまじめそうに黙っていたので、おれもしっかり左胸にそれを留めた。

「……へへ、ありがとね」

 龍驤は左胸の臙脂と黄色の勲章モドキをいじって、照れくさそうに笑った。