扉をノックする音に適当ないらえを返す。はいどうぞ。
「チーッス! 、鈴谷の新しいのできてるー?」
扉を開く前の丁寧なノックとは裏腹の明るい声に、おれは返事を一拍遅れさせてしまった。てっきり熊野か三隈だとばかり。
「できてる」
「マジで? やるじゃーん」
ミシンに視線をやったまま、息だけで笑った。いま、おれは縫い物をしているから、だから視線を上げずともなんのおかしいことはない。
「なに縫ってんの? あ、それ空母用の袴? へえぇ、鈴谷のとは全然違うね。鈴谷たちっていうか艦娘って基本洋服だけど、戦艦と空母は和服で、なんか、こう、アレだよねえ。雰囲気が違うっていうかさ〜」
正直に言わせてもらえば、おれはこの重巡が、鈴谷がほんのちょっと苦手だ。嫌がらせをされたとか、衝突があったとか、そういうことは一切ない。おれの問題だ。
この返事を期待してるのかしてないのかわからない矢継ぎ早の言葉だとか、さまざまなことに目ざとい感じだとか。似ているのだ。
「そういえば最近出撃増えたじゃん? それで撤退続きじゃん?」
「うん」
「だからも忙しくしてんだろうなーと思ってたんだけど、案の定って感じだよね」
「うん」
「だよねー。そだ、ねぇ、ちょっとお茶しない? ……あのさ、聞いてんの?」
「聞いてるよ、ね」
ねえさん。
口をついて出かけた呼び名を、咳で誤魔化した。タンがのどに絡まりましたって顔をして、それらしくわざと声を裏返してみる。「ねむくなるから、お茶はあとにしとくわ」
鈴谷は、おれの苦し紛れの言葉に納得したらしく、あっさり引いた。ほっとする。
「でさぁ、鈴谷の新しいのは?」
「えーと、116……だから、11番」
「11番ね、オッケー」
壁にずらりと並んで吊られた鍵の中から、鈴谷の手が11番を探り当てる。それからぱたぱたと作業場の奥へと引っ込んでいく。
作業場の奥は作った衣装を収めるための倉庫のようになっている。前後左右どこを見てもつり下げられた艦娘の服ばかり。都会の一等豪華な劇場だってあんな衣装部屋はないだろうってくらいだ。
五分もせずに鈴谷が戻ってきた。手ぶらで、首をひねっている。
「どうした?」
「ねー、ほんとに11番? 衣笠のとか三隈のしかなかったんだけど」
「ンなこたないだろ、だってお前、最上型……あ」
口にして気づく。
こいつ、最上型重巡と言いながらも最上型から改良されてるから、制服違うんだっけ。そりゃないはずだ。
「わるい、じゃあ、えーと。何番だったっけな。ちょっと待ってろ」
「ねー、」
「あ?」
「あのさ……」
「ほぉー!」
鈴谷は姿見の前でくるくる回った。ふわっと翻るスカート。二本白いラインの入ったハイソックス。物珍しそうに胸元のタイをいじっている。おれはそれを眺めながら、コーヒーを啜った。
最上型でありながらも姉妹艦と制服が違う鈴谷の「前から気になっててさ」との言い分を聞いて、おれは11番から三隈の制服を引っ張り出してやった。それをえっちらおっちら着こんだ鈴谷は、えらくご機嫌だ。
そのえらくご機嫌な鈴谷と、鏡越しに目があった。
「似合うよ」
試着したお客さまに向けて、いつも言うことだった。お似合いですよ、お色がよく合う、それに合わせるこちらはいかがですか。鈴谷は客じゃないし、薦める商品もなかったが、口からすべり落ちた言葉だった。
鈴谷は笑顔で振り返り、きれいなお辞儀をした。三隈の真似、だろうか。
「へへ。でも、なんか、ちょっと落ち着かないかも」
「身幅、狭いか? どっか気になるとこあるとか」
「そーいうんじゃなくて、甲板ニーソじゃないから……」
ああ、とおれは頷いて、視線を下げた。動きやすさ重視の短めのプリーツスカートは同じでも、鈴谷はいつも特殊素材のオーバーニーソックスを着用している。それに対して、ふくらはぎまでしかない三隈のハイソックスが心もとなく感じるのも道理だ。
日当たりのよい作業部屋で、白い肌からの照り返しがまぶしい。
「……やだ」
ぽつりと呟かれた声に、顔を上げる。
「……マジ、なんか、恥ずかしい! 見ないでってば!」
鈴谷は慌てておれから身を隠すように後ろを向いたが、姿見と向かい合うかたちになるのに気づいていなかったのか、ぎょっとして、ぱたぱたと奥へ駆けて行った。髪で隠しても、耳が赤いのは鏡越しに見えていた。
色気づきやがって、と一人ごちて、おれはなぜか軽いデジャヴに襲われる。
あれはたしか、姉さんがワンピースのチャックが上げられないというから手伝ったのに、下着に触っただのやらしい目で見ただの言ってからかってきたとき――。
ずんと重くなった目元をさすりながら、コーヒーを煽る。
そして、本来の鈴谷の制服が収められている12番の鍵を手にした。