一度目は、とまどった。
二度目は、文句を言った。
三度目にもなると、もうどうにでもなれと諦めることにした。
「多摩、そこ退け」
「……にゃあ」
「退けって」
ソファの上の多摩の瞼がうっすらひらき、赤い瞳と視線がぶつかる。眠たげだ。これ以上ないくらい。
「あのな、何度も言うけど、なんなのお前」
「……なんのことにゃ?」
「わざわざここで昼寝するこたないだろう」
くっと背伸びをして、ごしごし目を擦る。名前のイメージどおりの“らしい”仕草だ。
それよりおれが気になっていたのは、背伸びすると腹の出てしまう制服の丈についてだった。おれは見えたとおりに切って見えるように縫うだけだからどうしようもないが、腹巻でもやったほうがいいのか。最近夕張に対しても同じことを考えた気がする。
「だって、ここが一番日当たりよくて気持ちいいんだにゃ」
「猫だな」
「猫じゃないにゃ」
どの口が言う。
おれは黙って、起きあがった多摩の横に座る。三人掛けソファベッドが二人分の体重を受けてキシリと鳴った。じんわりと感じる太陽のあたたかさ。確かに、ここの大窓から射す陽は、心地いい。
「ちょうど、いい夢を見てたとこだったのににゃぁ」
「そりゃ悪かったな」
「どんな夢か教えてほしい?」
「別に」
先ほど淹れてきたコーヒーを啜って、新聞を開いた。気候の影響で野菜が高騰。
「聞きたいっていうなら、しょうがないにゃあ」
「おい」
「季節は冬にゃ。多摩はこたつでみかんを食べて、お腹も膨れてしあわせだにゃ〜って感じながら、そのままお昼寝するんだにゃ」
そりゃあ幸せだろう。おれもそんな幸せな冬の日を送りたい。新聞をめくる。投書欄に姑への文句を連ねる人妻。
「そしたら、こたつが多摩を口に入れたまま、むにゃむにゃねぼけるにゃ。こたつに食べられちゃう、こりゃたまらんにゃ〜って、多摩はすかさず15.5cm三連副砲を取り出し」
装備を言われてもおれにはさっぱりイメージが付かないが、何やら物騒だ。新聞をめくる。贔屓の野球チームが負けていた。
「どかかかかか、と機銃なみの連射をお見舞いしてやったにゃ! さすがのこたつもさすがにこれには耐えられないと、多摩をぺっと吐きだして逃げていくんだにゃ」
こたつのくちに自分から突っ込んでぬくまってたのは多摩で、相手がまどろんだところをひっぱたいたのも多摩だ。かわいそうなこたつ。新聞をめくる。お、今日は気に入っているラジオの曜日だった。
「多摩も逃げるこたつに追撃するほど鬼じゃないにゃ、見逃してやって、それからまたどこかで鳴る15.5cm三連砲の心地よい音を子守歌にうとうとするっていう夢だったにゃ」
新聞片手にコーヒーを傾け、「へえ」だの「そうか」だの適当きわまりない返事をしていたが、たぶん真面目に聞いていたらつっこみどころのありすぎる話だった。まあ夢ってのはそういうものだ。
「でも、その15.5cm三連砲の音が、どうにも実弾の音じゃなくて、子守歌になるくらい小さめの音だったのが気になってたんだけどにゃ」
「ああ」
「いま、を見て分かったにゃ。あれはミシンの音だったんだにゃ」
ちらり。多摩に視線をやると、ぱちっと目があった。透明感のある目。何を考えているのかわからない、扱いづらい目だ。
「ここ、ミシンの音とあったかいお日様で、ほんとお昼寝に最適な場所にゃぁ」
「そりゃよかったな」
「、多摩のコーヒーは?」
「猫にコーヒーはまずいだろ」
「猫じゃないにゃ」
どの口が言う。
飲みたきゃご自分で、というポーズを取って、俺は新聞を畳んだ。明日も晴れるそうだ。