「アンタ、仕事とはいえよくやるわよね」
ミシンの音の途切れるすきまにぽつりと呟かれた言葉が耳に入ってしまって、ゆったりペダルを踏むスピードを落とす。いまは霧島のスカートのレース付けが終わったところだ。裾から見栄えよく覗く、白くて薄い生地。我ながら満足の出来だ。
で、なんだって? 言葉には出さず、視線だけで問うと、テーブルに肘をついた暇そうな霞が足をぶらぶら揺らしながら言った。
「加護があるからって、毎日毎日手作業で女の子の服作って。女々しいったらないわ」
「へえへえ。おれがこれでメシ食えるのは霞が戦ってくれてるからですよ」
「アンタほんっとムカつくったら!」
「なんなんだよ、お前は……」
こういうのは構わないのが一番楽だ。霞がおれに喧嘩を売ってくるのは、べつに今日に限ったことじゃない。あの大尉殿に対してもこの態度を崩さないと聞いたときは、さすがに耳を疑ったが。
丸まっていた背を伸ばすと、ぱき、と背中が鳴った。もともと外で活発的に駆け回るほうじゃなかったとはいえ、ここに詰めるようになってからさらに体が鈍っている気がしてならない。呻きながら首を回していると、霞の睨みが鋭くなった気がした。
「それに、アンタ。そんなになるまでスカートばっか縫ってて楽しいの? まさかそういうシュミでもあるの?」
「ハン。安心しろ、お前らみてーなこまっしゃくれたガキには何も感じねえから」
「ハァ!?」
なんでそこでキレんだよ、と思ったが、彼女の癪に障ったのはたぶん「何も感じない」じゃなく「こまっしゃくれたガキ」の部分だ。実際にその通りなのだから、おれも弁解しない。
姉三人に囲まれて育ったせいで女への幻想なんてのはハギレ一枚ほども残っちゃいないし、それが年下の少女ともなればなおさら別の生き物のようにしか思えないのだから、おれの仕事に対する意識というのも人形の服作りと変わらない。それはそれでどうかとも思うが。
「ほれ、お前のなら9番だから持ってけよ」
「……あーもう、バカばっかり」
「霞」
「用もないのに呼ばな……なにこれ」
振り返りざまというずるいタイミングをわざと狙ってやったのに、霞は見事に投げつけたものを受け止めた。艦娘というのは常人に比べて身体能力が飛躍的に上がっていると聞くが、動体視力もそれに当てはまるんだろうか。
その霞はといえば、ものを投げられたことよりも、もの自体に気を取られているようで、想像していた罵倒が間髪入れずに飛んでくることはなかった。
「髪留め。出撃には向かないけどな」
「……もので釣ろうっての? 単純すぎるったら」
「いらないなら返せよ。喜ぶやつにやるから」
それ自体、単なる余りのハギレの有効活用だ。ここで徴兵されている艦娘とやらは年頃の女子が多いもんで、前に顔をあわせた吹雪にレースをしつらえた髪留めを作ってやったら、えらく、そりゃあえらく喜んでくれた。その次は白雪。そのまた次は敷波。最近は休憩と称した手慰みにレースの縫い付けをするのが趣味になってきていた。
霞はぶっつり黙ってその髪留めを眺めていたが、おれの視線に気づいたのか、ギッとにらみを利かせた。
「ほら」
「返さないったら!」
「ああ、そう」
別に返されても、別の欲しがるやつにやればいいと思っていたので、あっさり頷く。
霞は髪留めをじいっと観察して、何ごとかを呟いた。聞こえなかったが、聞かせるつもりもなかったんだろうから、聞き返しもしなかった。
「9番だからな」
「うっさい!」
今度こそ霞は踵を返して、衣装の収められている奥のほうへとずんずん歩いていった。肩を怒らせているくせに、華奢なせいでいまいち格好がついていないのが滑稽だった。