「つーか、なんで俺だったんだよ」
「髪型も見た目も変わってねえだろうと思ったから」
「チッ。それでジャケットだめにされたんじゃたまんねえよなァ」
リゾットが罠を張ると言った翌日、遅れてアジトに辿りつくとお気に入りのジャケットが血まみれで無残な姿になっていた。パスタを食べるときも慎重になるくらい白かったはずのそれは、左の襟から袖にかけてべっとりと血糊が飛び散り、触ってみるとまだ乾ききっていないところから新しいものだと分かる。
ソファで雑誌をめくっていたイルーゾォに訳を問い詰めると、やつはうざったそうに、でもむず痒そうに唇を歪めて「もうすぐ分かる」としか言わねえもんだからますます訳がわからねえ。
「お、来たかホルマジオ。服買いに行くぞ」
そんなやり取りを三回やって苛立ち始めたところに、なんてことない顔した懐かしい男が立っていれば、思考も全部すっ飛ぶというものだ。まるで昨日別れ、今日もひょっこり現れたという感じに、なぜかスフォリアテッラの詰まった箱を抱えている。
聞けば俺に擬態したときにジャケットを汚したから、それを弁償してやるという。俺は昨日の『メローネ』が何をしにアジトに来たのか理解した。完璧に成り済ますための道具集め、下準備だったのだ。
気に入ってた一張羅だったとか、何でここにとか、言いたいことや聞きたいことは山ほどあったが、結局言葉にできず、口癖ひとつで誤魔化した。
「じゃあ昨日メローネを選んだのは? 休みだって知ってたわけじゃあねえだろ」
「まさか。メローネは外見より着てるモンのインパクトが強えから、普通の格好してりゃ細かいところに目が行かねえ。違和感覚えても格好のせいだと思うんだよ。休みだって知ったのも偶然マンモーニ君が口を滑らせたからだ」
「ほお〜〜、なるほどねえ」
結局シャツまで買って、俺は結果的に得したことになる。も適当に数枚買ったようだ。いつの間にか雨音の止んだネアポリスの街。紙袋をぶらぶら揺らして歩く金髪男は、どうやらアジトに直行する気はないらしい。
「おい、どこ行くんだよ」
「ちょっとだけだから」
水たまりを蹴飛ばしながらザクザク進む背を追う。角を三つほど曲がった花屋に立ち寄ったところでようやく行先が分かった俺は、ぐっと唇を噛んだ。
石造りの門をくぐれば、眼前に広がるのは墓石の行列だ。どれにも名前と西暦が刻まれ、見分けのつかない格好で行儀よく並んでいる。辿りついたのはパッショーネの息のかかった共同墓地だった。
は迷いもせず墓地を突っ切り、塀の側、隅っこの隅っこにめがけて向かっていく。
「遅くなって悪かったな」
ばっさりと花束を落とす。子どもに話しかけるような声だった。
墓と呼んでいいのかわからないほど質素なそれは、寄り集まるようにして立っていた。俺の知らない名前が並ぶ中、ほんの数か月前に刻まれた新しい名前がふたつある。ここでもそいつらは仲良く引っ付いていて、やっぱりデキてたんじゃねえのかな、と今さら分かるはずもないことを思った。
「……ここでも二人一緒か。こいつらいつなら離れてたんだよ」
「さてなァ。私物整理のリストにゃあベッドは二つあったけどな」
「Chi trova un amico trova un tesoro. 後追いするくらいの宝だったんだな」
額縁を繋ぎ合わせたときの、絶望に歪む顔。息を詰まらせたせいだけじゃない、苦悶の表情。
振り払えないこびりついた記憶が蘇り、俺はを見た。やつは黙って墓石を睨み、拳を握って何かに耐えるように下唇を噛みしめていた。が、俺からの視線に気づいて、口の端を上げた。歪だったが、笑ったらしい。
「生き返ってよかったわ。こいつらの隣とか絶対うるさくて安眠できねえから」
わざとらしいほどおどけた声で、は隣の墓石を指差した。自分の名前が彫られたそれを見て心底おかしそうに笑うと、もう用事は終わったとばかりに踵を返す。「もういいのかよ?」「まだ用あんの?」からっとした態度に、俺も肩の力が抜けた。湿っぽいのは苦手だ。
「そういや、今朝のセールには間に合ったのかよ」
「は? 買えたけど、何で知ってんだよ」
「『カワイイ猫ちゃんですねえ。猫の餌、ちょっと遠い店ですけど、今日安いんですよォ』」
「……今朝のジジイ、オメーまさか」
「事情説明する前に来られちゃ困るからよ、そりゃ手くらい打つわ」
にたっと笑って、が墓地を出る。一瞬遅れてそれを追って、俺はまた口癖をこぼす。しょうがねえなぁ。