ペッシの話を聞いて、ある男を脳裏に思い描いたのは、たぶん俺だけではなかった。
「罠を張ろうと思う」
そう言った俺に、プロシュートとホルマジオは黙って頷いたが、イルーゾォとペッシは怪訝そうに首を傾げた。ギアッチョはスフォリアテッラをよほど楽しみにしていたらしく、ちらりとクチーナを見やり、片眉を上げただけだった。
「明日も、その幽霊はここに来る。それを釣り上げるぞ」
「釣りっすか」
「ああ。ペッシ、お前の≪ビーチ・ボーイ≫を使った罠だ」
俺の仮説が間違っていなければ、いやほぼ間違いなく、やつは明日もここに来るだろう。きっとアジトに潜りこんだのは明日の下準備のためで、ペッシの前に姿を現したのは予想外のことだった。日を改める可能性もあったが、なぜかやつならきっと明日にするという確信があった。
自室に戻って、引き出しの奥にしまい込んでいたファイルを取り出す。
中に綴じた任務達成の印付きの書類の日付は、一年と少し前。担当者は二人のはずだったが、結局やつ一人で送り出すことになった任務だった。緊急性が高いからと態勢を整える暇もなく、信じろと笑ったやつは使い慣れたベレッタM92と共に出て、それきりだ。
「……は」
行かせなければよかったのかと、思わなかったわけじゃない。だが、こんな稼業なのだしいずれ誰かもまた帰ってこなくなるのだという諦めもあった。実際、俺がチームに入ったときに既に前線に立っていた人間は、全員ここから消えているのだから。
だから、あの時。ペッシのスタンドを知っているはずのホルマジオが、スタンド攻撃を受けたメローネに狼狽したのを見て、ぞわりと鳥肌が立った。間違いなかった。傍観し、手を下すのは最終手段だと決めていたのに、気付けば俺は磁力迷彩を解いてそいつに触れていた。
「動くな」
周囲の景色から突如浮き出る俺を見て、やつは動揺しなかった。素直にスタンドを解いたやつのアンバーを覗き込んで、俺は握りこんだうなじの下の拍動を指で感じているいまが現実であると思い知った。動揺したのは俺の方だったのだ。
が、生きていた。
「説明した通りだよ。怪我がひどくて死にかけたが、運よくもの好きに助けられて生き延びて今に至る」
「そのもの好きから情報が漏れることは」
「ありえないね。死人に口なし」
一日経って左頬の腫れはピークを過ぎたものの、まだうっすらと爪痕を残している。呼び出しに素直に応じたは書斎兼自室のソファにふんぞり返って、つま先を揺らしながらニタリと笑った。やつの得意の“悪い顔”だ。俺は黙って頷く。
「ポルポはお前のことを死んだものとして処理したぞ」
「だろうと思った。俺のアパルタメントに知らねえやつが住んでた」
「補充要因としてペッシも入った」
「兄貴分にはよく懐いてるみてえだし成長が楽しみだな」
「……」
俺が何を言いたいのか理解しているのに、はわざとらしく話を逸らす。咎めるような俺の視線ひとつで溜息を吐くくらいなら、最初から逸らさなければいいものを。
はすっくと立ち上がり、淀みなく言い切った。
「リーダー、私をチームに復帰させてください。もう一度この身を賭して、あなたの元で力を揮う許可を」
喉の開いた凛とした声は、びりびりと空気を震わせた。ぴんと伸ばされた背、こちらを見据える力強い目。やつの表情には一片の迷いも逡巡もなかった。俺が断るとは微塵も思っていないらしかった。
「――分かった。許可しよう、」
「グラッツィエ・ミーレ」
「本当にいいんだな」
思わず飛び出した問いに、は答えなかった。怪我で身動きの取れなかったという割にまったく筋肉の落ちていない背を向け、ひらっと手を振り、部屋を出て行く。俺はその後ろ姿に声をかけず、ポルポに送る書類をどう書こうかと考える。
『暗殺チームの』は死んだ。そのまま騙しとおせば、やつの擬態能力も駆使すればこんな底辺中の底辺とは縁遠い生活が、普通の生活ができただろうに。やつはわざわざ血みどろの闇の中に戻ってきた。
「馬鹿だな」
それを嬉しく思った俺も、相当だ。