「じゃ、じゃあ、あのメローネは一体……まッまさか、ユーレ」
「幽霊がカッフェ飲んでスフォリアテッラ食うのかよ。足もねーようなやつが手と胃袋はあるってのか、ンなの都合よすぎるじゃあねえかよォ〜〜ッ!」
「落ち着けギアッチョ。ペッシ、そいつは飲み食いだけして出て行ったのか」
「へ、へい。俺が居る間に入ってきて出て行きました」
冷静なストッパーであるリーダーは、それを聞いて眉を寄せた。
「待て。じゃあお前はそいつがアジトを出たのをはっきり見たわけじゃないのか?」
リゾットの硬質な声が、ワントーン下がる。
「え、あ、そういえば」
「そしてお前はそのまま買い出しに出た、そうだな」
「そうです」
「……帰ってきたとき、鍵は掛かってたんだな?」
まるで尋問を受けているようだ。返事をするのも憚られる重苦しさに、ペッシは何とか頷きで返す。ふん、と逡巡の吐息をもらしたリゾットは、ペッシを短く呼びつけた。「は、ハイッ!」兄貴分のとはまた違う緊張感に溢れた声色に、背筋に鉄棒でも入れたように直立する。
「≪ビーチ・ボーイ≫でアジト内の気配を探れ。出て行ったのを確認していないとなると、まだ潜伏している可能性もある」
「い、今すぐッ」
慌ててビーチ・ボーイを発現させ、壁に向かって放り込む。ペッシが壁伝いにひとつひとつ部屋を確かめる間に、リゾットはテーブルの裏や椅子に手を這わせる。メタリカに吸い付く鉄分の反応がないことから、盗聴器の類を仕込んだわけでもなさそうだ。では一体なんの目的で?
「どうだ? ペッシ。何か居そうか」
「生き物かどうかしか分からねえからもう少し時間かかるけど、まだ手ごたえねえなァ……ごめんよ兄貴ィ」
「そのまま頼むぜ、お前の能力は探れる精密さもウリだ。頼りにしてんだからよ」
「う、うんッ」
手持無沙汰なギアッチョはどっかとソファに腰掛け、何の断りもなくペッシの伏せられたカードを見てひっくり返す。8のスリーカード。その間にぬるりと鏡の世界から戻ってきたイルーゾォは、どの窓も壊れていないし鍵も無事だと言う。
「でもよ」、9とJのツーペアを机に放って、ホルマジオが言葉を継いだ。
「窓じゃねえってなら、うちの特殊な鍵をピッキングするテクがあるってことかよ?」
「それか俺みてえに何かを媒体にして移動できるスタンド能力者。物を直せるのかも」
「目的は、まあ情報だろうな……強盗するにゃ割に合わねー……どこからアジトの場所をかぎつけたのかは知らねえが、どっちにしろ生かしちゃおけねえなァ」
「つーか結局そいつはマジにメローネだったのかよ。アイツみてーなのが二人も居るとか想像したくねえぞ」
「変装だろ。人間、髪型と雰囲気が似てりゃ錯覚するもんだ。フルハウス」
「げえ」
クイーンを三人侍らせた色男は、胸元から煙草を取り出し、様になる仕草で火を点ける。イルーゾォもそれに続いてクラブで揃った手札を撒いたあと、ガスの抜けかけたミネラルウォーターを煽る。
人間らしい気配がないことを確認してスタンドを解除したペッシは、昼間のことを思い出してみる。錯覚だったのだろうか。
「でも、兄貴。確かにメローネだと思ったんだよ」
「あ?」
「あれは間違いなくメローネの声で、本物の喉から出てる声だった」
合成音でもなければボイスチェンジャーを使ったものでもない、すぐ傍で話したペッシには分かる。あれは肉声だ。と、そこまで言ってから声を完璧に装えるスタンドの可能性に気づいて、慌てて撤回しようとしたが、それを制したのはまたもやリゾットだった。
「ど、どうかしたんですかい、リーダー」
テーブルに肘をつき、眉と頬骨に指を添えて二・三度瞬きをしてから、リゾットは複雑な表情でうっそり呟いた。
「もしかしたら、本当に……幽霊かもしれないな」
「ただいまァ」
「よおメローネ。珍しい格好してんじゃねえか」
「帰りがけにトラックにべっとり泥被せられてね、替えなんて持ってなかったからサービスエリアでかっぱらってきた。こんなに降るならバイクで出るんじゃなかったぜ」
侵入者騒ぎの翌日、けろっとした顔で“帰って”きたメローネは、いつもの格好ではなくごく普通のシャツとスラックスだった。昨日から降り続く雨のせいか、しっとりと濡れている。顔つき、声、仕草は見慣れたメローネだ。プロシュートは弄んでいた新聞を折りたたんで、椅子の背もたれを軋ませた。イルーゾォは鏡の中でこちらの様子を窺っているはずだし、ホルマジオはソファで足を広げて雑誌を見ている。
「リーダーは?」
「野暮用で出てる」
「へえ? 女かな。なァ、リーダーってどんな子が好みだと思う? プライベートでは落ち着きたいのか、それともぐいぐい引っ張ってくれる方がいいのか。案外年上に甘えるタイプだったりして」
メローネは相変わらずよく回る口でぺらぺら喋りながらクチーナに入り、そして疲れから水分を取ろうとして冷蔵庫に手を掛ける。
計画通りの動きだった。
「いッ!!?」
取っ手に触れた瞬間、メローネの身体が冷蔵庫のドアに思い切り叩きつけられる。まるで磁石と磁石を引きつけたような反応だった。
「な、何ッ」
状況を理解したメローネが右手を見ると、手袋も着けていない素手に食い込む物があった。先の丸まった針、スタンドの針がズブズブと皮膚の下を這い上がってくる。
「メローネッ!?」
「何するんだよペッシ!」
二つの声が重なって、目を見開いたのは一人だけだった。ソファから立ち上がり、思わぬ攻撃に慌てふためいたのは、攻撃を受けた本人ではない。
その場の全員の視線を受け、“罠”に引っ掛かったのだと気付いた男は――ホルマジオは、後ろ頭を掻いた。
「しょおがねえなァ〜……一杯食わされたってか」
「本物のホルマジオはどうした」
「買い物でもしてるんじゃあねえか? 今日はキャットフードが安い日だからよ」
じり、とホルマジオの革靴が床を擦る。逃げる気か、とプロシュートが懐の拳銃に手を伸ばすが、「撃つなって!」と両手を上げられ動きを止める。周囲をうかがうと、相手はちょうど鏡の位置取りの悪い場所を陣取っているため、イルーゾォの助力は見込めない。
「目的は何だ」
「何だ、っつーか……」
言いよどむホルマジオは、上げた両手の指先を落ち着きなく動かして、唸った。さっさと吐け、と詰め寄ろうとしたところで、プロシュートは違和感に気づいた。
いま、自分の視界にはホルマジオしかいないはずなのに、『正面から二人分の視線を感じる』。
ほんの一瞬壁が歪んだかと思うと、そこからぬうっと大柄な男が現れる。慌てて振り返るもあっさり背後を取られ、ホルマジオは成すすべもなくリゾットに組み伏せられた。磁力迷彩を纏って室内に潜んでいたらしく、さらさらと砂鉄が床に散った。
「動くな」
「……それ、室内で使うモンじゃねえだろ」
「お前は……」
床にうつぶせる形で引き倒されたホルマジオのうなじを握り、押しつぶす。体重の掛け方によっては首をへし折ることのできる完璧なポーズだ。さすがに焦って口でも滑らすだろうと静観していたプロシュートは、壁にかかっていた鏡を叩いて合図を送る。鏡の中ではイルーゾォと、冷蔵庫に罠を張ったペッシがスタンド解除のタイミングを計り損ねていた。
「スタンドを解け」
口にしようとした言葉を奪われ、プロシュートは中途半端な格好で口を開き、視線を二人へ戻す。なんだと? と聞き返す間もなく、プロシュートは言葉を無くした。組み伏せられていたホルマジオが金髪の男に変わっていたからでは、ない。
「――マジに幽霊じゃねえか」
その金髪の男に、見覚えがありすぎるからだった。