最近、鎮守府のドックに新しい艤装が増えた。
「ふう……」
「すまないね、明石。君は戦闘向きじゃないのに」
「あ、提督。もお、気にしないでくださいってば」
他の艦娘には適合しない艤装・工作機械を整備に回し終わった私に声を掛けたのは、提督だった。苦笑交じりに私を気遣う提督の白い手袋には、黒い油染み。たぶんあれはもう落ちないんだろうなあ。
兵装の並ぶドックは、鉄と油の匂いで溢れている。そこに平然と立って、提督はちょいちょいと私に手招きをする。
「私がお役にたてるなら嬉しいですから」
「そう言ってもらえると助かるよ。この後、時間は?」
「アイテム屋を少し空けてもいいなら。明石の出番ですね」
「ああ、初春と如月についてほしい。生憎、入渠ドックは先約が居てね」
「はい、了解です!」
私の艦艇修理の技術を活かせる艤装が届いてから、提督は私に軽傷の艦娘を任せるようになった。それらの大抵は鎮守府周りのパトロールをしている駆逐艦たちだが、この前はイ級の魚雷がたまたまタービンに当たった扶桑さんなんかが来て、どんより肩を落とす彼女に修理中ずっと慰めの言葉をかけていたのも記憶に新しい。
時計をちらりと見上げると、「帰投までまだ少しかかる」と提督の静かな声。
「先ほど旗艦の神通から連絡が来て、ちょっと怪我をさせてしまったと悲痛な声で言うものだから」
「神通さんは無事なんですか?」
「……大した損傷はないと言うんだが、通信機器のノイズからして小破以上だろうね」
提督は羽毛が揺れるほどの小さい溜息を吐いた。彼女のためにドックを空けておくから、怪我をした駆逐艦二人は私に任せるのだろう。確か駆逐用の新しい部品が届いていたはずだから、今日はそれを使わせてもらおう。
第二艦隊の帰投時刻と入渠者の報告書を渡され、目を通す。二人とも損害は軽微。きっとちょっとのんびりする間に修理できるだろう。
「じゃあ明石、すまないが頼んだ」
「はい! お任せください!」
笑って敬礼で応えると、提督もふっと微笑んだ。いつも柔和な雰囲気の人だけれど、やっぱり私たちを率いて出撃命令を出す人でもあるから、ときどきその優しさと厳しさの境目に触れてしまって、どきっとする。いま、明確に緩んだ。
――あれ?
「提督!」
踵を返しかけた提督の腕を、慌てて掴む。
「何かな」
「だめですよ、無理しちゃ。体調が優れないでしょう」
振り返った提督の目が、わずかに瞠目した。どうしてと言わんばかりの反応だ。だけど、工作艦としてさまざまな人々・艤装の悪いところを見てきた私には隠し事なんてできないということだ。この前だって新品の艤装に傷をつけたのを必死に隠そうとしていた天龍さんの嘘を見事に看破した。いや、彼女はことさら嘘が苦手な人ではあるけど。
「眉間のしわ、浅い溜息、長い瞬き。頭痛してます?」
「……さすが艦娘のお医者さんというところか。驚いた」
「提督も、少し修理した方がいいみたいですね」
わざと怒ったような声色を作って言うと、提督はばつが悪そうにしたが、すぐにいつものように笑った。「『修理』か。そりゃいい」ジョークが通じる人でよかった。
「それに、あんまり無茶するとまた陸奥さんに怒られますよぉ」
「はは、それは困る。つい先日も資材の消費で叱られたところなんだ」
「あはは!」
肩を竦めて笑った提督が「神通らが帰ったら一息つくよ」と言ったから、私は今度こそ黙ってその背を見送った。ぴんと伸びた背、重そうな肩。それらが見えなくなってから、私もぐっと伸びをする。
「よおし、準備しときますかー」
いまできるのは艦艇修理だけだけど、私が最近勉強してるのはマッサージ系なんですよって言ったら、提督はなんて言うかな。