Scene 2


「おかえり」

 今日も問題なく出撃任務が終わった。

 服についた煤を指先で払っていると、見慣れた革靴が視界に入った。「しれぇ!」「司令官、ただいまっ!」雪風と雷が我先にと駆け出すのを慌てて制する。まだ砲雷撃戦の熱を残した艤装を解除しないまま提督に抱き着かせるのは危険だ。

「はは、悪いね。お疲れ、日向」
「まあ、大したことじゃない」
「飛行甲板の調子は?」
「上々だ。これからは航空戦艦の時代か」
「頼りにしてるよ。雪風も雷もな」

 そう言って、私の両手で留められた駆逐艦たちの頭を撫で、頬の煤を取ってやる提督は、職業軍人のくせに甘いと思う。私がこの提督の元に着任してからそこそこ経つが、彼のやり方は変わらず、我々艦娘を少し大事にしすぎるきらいがある。着任後に彼についての資料に目を通し、その戦果に目を見張ったものだ。

 しかし白い手袋をそんなに豪快に汚すと、また秘書艦の陸奥に怒られるんじゃないのか。

「ん? 日向、その後ろの子は」
「ああ、すまない。我が艦隊に新顔だ」

 私の艤装に隠れていた駆逐艦の背を押し出してやり、肩を叩いて自己紹介を促してやる。大きな目が怯えで揺れ、「あの」、絞り出したような声は少し震えていた。

「特型駆逐艦……綾波型の潮です」
「潮、ようこそ我が艦隊へ。私が提督のだ」
「よ、よろしくお願いします。……あ、あの」

 提督は帽子を外し、潮を優しい目で見つめる。その視線を受け、なお不安げな目を瞬かせると、「もう下がってよろしいでしょうか……」それだけ言うのが精一杯といった様子で、潮は手にしていた連装砲で顔を隠した。じわじわと左耳が赤くなっていく。よほど気弱なのだろう。ちらりと提督の顔を窺うと、やっぱり彼はいつも通りに笑っていた。

「疲れてるところを引きとめて悪かったね、潮。日向、彼女を任せる」
「了解した」
「うん。報告書はゆっくりでいいから休んできなさい」

 踵を返し、廊下の向こうへと小さくなっていく提督の背中を見送って、私もまた視線を落とした。戦艦の私に見下ろされて、潮の華奢な肩がいっそう竦められる。

「そう怯えるな。提督も君を取って食ったりはしないさ」
「ご、ごめんなさい」
「まあ、これから慣れていけばいい。駆逐艦の詰所はこっちだ」

 潮の小さな手を取り、引いてやる。掌の中で震えたそれは少し冷たかったが、恐る恐るといったように弱弱しく握り返してくれた。怯える相手に対して優しく触れ合ってやれと言った提督の言葉が間違っていないことを、また実感した。