さて、味覚が似ているということは、つまりどういうことか、について考えてみる。
「おい、砂抜きは万全だろうな」
「分かってるよ、いちいちうるっせーな」
昼過ぎのアジト、穏やかな日差しの差す中でがクチーナで黙々と作業する。俺は悠々とガス入りのミネラルウォーターを煽り、やつの背中にヤジを飛ばす。たまに悔しそうに振り返ってくるも、それ以上ぐずぐず言うことはない。昼食賭けたポーカーでブタ揃えたテメーの運のなさが原因だからだ。
「今度はテメーのホワイト・アルバム冷蔵庫代わりに砂抜きさせてやっからな」
「言ってろ」
舌打ちひとつして、がフライパンの蓋を開けた。ぶわっと湯気が上がり、カウンター越しにでもわかるにんにくとトマトの香りが鼻孔をくすぐる。ムカつくことに、こいつの料理だけは高評価しかつけようがないのだ。本当にムカつくことに。喉を鳴らしかけたのをミネラルウォーターでごまかす。
勝者である俺がにオーダーしたのは、ボンゴレ・ロッソだ。アクアパッツァのときも思ったが、こいつは鼻が利くのか、魚介の新鮮さを見抜くのがえらく上手い。こいつが買い出しに出ると予算内で上等な魚を選んでくるもんで、チーム内でも「魚が食いたけりゃに選ばせろ」という暗黙の了解があったりした。おかげで去年は美味い魚にありつける確率が――いやペッシが入ってきて少しはマシに――。
「ほら」
ゴトリ、と思考をぶった切る重い音をさせて、目の前にボンゴレ・ロッソが運ばれてきた。いつもなら「自分で取りにこい」だとかうるせーのに、とへ視線をやったが、俺の怪訝そうな顔が面白かったのか、苦笑が返ってくる。
「呼んでも気づかねーくらい腹空かせてるみてえだからな」
年長者ぶって笑いやがって。俺は渡されたフォークをパスタ皿の中へ突っ込んだ。あさりの殻が当たって音を立てた。
「がっついてソース飛ばすなよ」
「テメーこそな」
は鼻を鳴らして、笑って、それきり黙ってボンゴレ・ロッソを食っていた。俺も口の中のあさりを噛みしめる。一個でも砂をため込んだやつがあったら文句を言ってやろうと思っていたのに、どいつもこいつも柔らかい。トマトの旨味もちょうどいい。そして今日のボンゴレ・ロッソにはパンチェッタまで入っていやがって、くそ、あら捜しが面倒になってくる。
「ギアッチョは本当に美味そうに食ってくれるから、やっぱいいな」
「なに?」
「作り甲斐がある」
「いきなりなに言ってんだテメー」
「ほら、イルーゾォとはトマトの味付けの好みが違うから、散々なんだよ。もうちょい酸っぱいのがいいとか、そもそもビアンコがいいとか」
殻入れに殻をひとつ放って、が言う。
「その点、ギアッチョは俺好みに作れば黙って食うからな」
「確かに味にゃ文句はねーが、その言い草が気に食わねえんだよ」
「おお」
のアンバーがにやっと細められた。「手放しで褒められたの久々だぜ」、なんて揚げ足取りする男は無視して、残りのパスタの攻略にかかることにする。そもそも評価してないなんて言ったことはない。
そう、こいつとは奇妙なくらい味覚が似ている。味覚ってのはすでに母親の腹の中から形成されはじめ、母親が食ったもんに呼応してできていくらしい。そしてガキの頃から慣れ親しんだ味ってのが無条件で刷り込まれ、それが好みになるってのも多いだろう。それを踏まえてもう一度言う、“俺とは味覚が似ている”。
「そういや、さっきクチーナでリモンチェッロ見つけたんだけど、お前じゃないよな」
「俺じゃねえ」
「そっか、開けちまうかなァ」
暗い金髪を揺らしながら立ち上がったが、のろのろカウンターの向こうへ歩いて行く。アジトにあるモンは誰だってテキトーに食っちまうが、わざわざ隠してある酒を目ざとく見つけて飲むこいつは遠慮がない。スフォリアテッラもそうだ。そういや前にイルーゾォもカンノーリ食われてた。
「うめえな」
一人になったテーブルで、空になったパスタ皿を前に吐息同然の呟きをもらした。
チームメンバーとは数年来の付き合いになるが、示し合わせたように誰もお互いの過去については詮索しない。どこの出身なのか、家族は居るのか、そもそも名乗った名前が本名なのかすら知らない。ただ、ここでの俺はギアッチョで、氷を操るスタンド使いだ、そういうことである。
きっと、と俺は故郷が近い。このイタリアじゃトマトソースの好みなんてのは一番生まれが影響するもんだと思うからだ。確証なんてもんはない。方言や語尾を捕まえようにも、はスタンド柄そんなもん使いこなせて当然だから分かりゃしない。という男は個であり個でない。やつはでありながら誰でもあることができるのだから。
たった皿一枚でそんな得体のしれないという男の尻尾を掴んだようで、なぜか気分が良かった。
「おら、お前も一杯やるだろ」
「おう」
差し出されたリモンチェッロはきれいだった。透き通った黄色はグラスの中で揺らめいて、爽やかな香りが口から鼻に抜けていく。こいつは上物だ、と煽ったグラスを眺めていると、ふとが唇をゆがめていることに気づいた。
「おい、どうした」
「まずいな、これ」
「は?」
アホか。こんなに美味いのにか。
「……味が良すぎるっつーか、あー、なるほど」
「おい」
「ギアッチョ逃げんなよ、共犯だぜ」
「まさか」
「これ、リゾットのだ」
殻入れのあさりの山が崩れた。