すごく綺麗な人だと思っていた。
顔貌の話だけじゃなく、心根が、在り方が、そういう目に見えないものに透明感を感じたのは初めてのことだった。夏の日に覗き込むラムネの瓶のような、冬の朝に見つけた氷柱のような、そういう憧憬を抱いていたのだと知られたら笑われるかもしれない。そんなに上等な人間じゃない、と本気で思っていそうな声色で困ったように微笑む姿が想像できた。
だから最初は話しかけるのも怖かった。彼の清廉さは鏡のようなもので、彼が美しいほど自分の俗っぽさが浮き彫りになるような気がしたから。私の隣に立つ彼は光るような存在感を放っていて、側に寄るたびに目と胸がチカチカした。笑うとさらに。ほんのり頬を染めて微笑む姿。チカチカ。
ある日ふと気づいた。
私は嵐山准を私の神様にしているのではないか? 私の勝手な欲望のまま、嵐山准という個人を歪めて見てしまっているのでは? 一挙手一投足に目を奪われるのも、話しかけられるひと言にも耳を澄ませてしまうのも、私が彼に注ぎ込む情熱は信仰のそれなのではないか。気づいてしまえば自分の行動すべてに説明がついてしまって、血の気が引いた。同級生に信仰対象にされているなどと知れたら彼はきっと困るだろう。怖がるだろう。そういう扱いを好まない人だ。知っているのに。
「最近、元気ないな」
知っているのに!
話しかけられると、私の信仰心は息を吹き返した。後光を背負ったように眩しい彼が心配そうに話しかけてくれるのをうっかり喜んでしまった。よく磨かれた鏡である彼に映される自分がどういう顔をしているのが知りたくなくて、適当に笑ってごまかした。映されたくなかった。喜んでしまう自分がとんでもなく悪いもののように思えてしまった。
息を潜めるように彼を盗み見る日々を続けた。忙しそうなときもすれ違えば笑顔で挨拶してくれる嵐山は、無自覚のうちに信仰の芽に水を遣ってくれた。育った信仰は心臓に根を張り、彼の姿を見ない日であってもギュウギュウと痛みをもたらした。
助けてほしくて、しかし誰に祈ればいいのか分からず、嵐山に祈った。お願いします、助けてください。あなたを追うことをやめたいです、あなたを思うことをやめたいです。誰に話すでもない葛藤を一人で噛んで飲む生活は、しかし心臓の蔓にとっては肥料になったらしかった。
祈った矢先、神様は照れ笑いをしながら私の手を取った。
「もっと仲良くなりたいんだ」
「は」
「……その、迷惑じゃなければ」
そう言って、隣に居ることを望まれた。私はその時の彼の表情をよく覚えていない。
ぺたり、と瞼に触れる薄い唇。泣かないでくれ、と囁かれて、涙を拭ってくれたのだと気づいた。
薄っすら目を開くと、薄暗闇を背負った嵐山が私の汗ばんだ前髪を払ってくれた。ど、っと思い出したように鼓動を打つ心臓。最中は無我夢中で何も考えられなかったが、とんでもない一線を超えた実感が一気に湧き上がってきた。全身がべたついているのに、触れ合う素肌だけ吸い付くようで艶かしかった。
「悪い、痛かったか?」
「……思い出してた」
「なにを?」
「私、嵐山准を神様だと思ってた」
私の突拍子もない話にさすがの彼も少し面食らったようだったが、うん、と優しい相槌をくれた。そんなにいいものじゃない、と言う声色もいつかの想像通り。
そう、彼は相変わらず眩しかったが、全能ではなかった。些細な失敗もするし、細やかに悪い感情も抱く。あんなに見ていたはずなのに、隣に立つようになって初めて見えるものが山ほどあった。彼は、人だった。
「俺は普通の人間だよ」
「うん」
「好きな人に触りたくなる日もある」
「うん」
「普通の恋人だよ」
普通の恋人。この人は、私の恋人なのか。
私が信仰心だと見間違えたそれは、もしかすると最初から別のものだったのかもしれない。そう思えばそう仮定しても自分の行動に説明がついてしまうことに気がついて、心臓の蔓がどろっと溶け落ちていった気がした。
「好き」
初めて口にしたそれは、祝福めいた音をしていた。