「嵐山って、それ以上チョコいるの?」
大学から本部に直行してきたのだろう彼の両手にはパンパンに膨れた大きな紙袋が一つずつ。先ほど根付さんが嵐山隊の作戦室に段ボールを持ち込む手配を済ませていたので、おそらく何箱も届けられるに違いない。三門市民のアイドル・アラジュンともなればこの時期は甘いものを見るのも嫌になっても咎められないはずだった。
「べつに、貰えるなら嬉しいぞ」
「ええ? 本気?」
「うん」
「すごいなあ……それでいてきちんとお返しまでしてるんだから敵わないわ」
こっちはチョコレートは人並みに好きだけれど、おこぼれの甘い匂いだけでお腹いっぱいになりそうなのに。反射的に口がブラックコーヒーを求めたのでラウンジで一服していたところである。
「私、友達から嵐山宛のチョコ預かってるんだけど。ごめん、一個だけ入る?」
「ああ、その大きさなら」
チョコレートの詰め放題に行ってきました、と言われたら納得できそうな袋の中に友人のチョコレートを押し込む。しかし豪勢な詰め放題だ、百貨店の催事場で見るような外国の名前がゴロゴロ立ち並んでいた。
嵐山は、本当にぜんぶ嬉しいんだろう。選び抜かれた繊細なチョコレートでも、幼い女の子が手渡してくれたチョコ菓子でも。彼の評価は家族と身近な友人以外に、本当に平等だ。
「三月はお返しするなら預かるよ、そこまで面倒かけられないし」
「なんか悪いな」
「いいって」
真っ黒な缶コーヒーを煽りながら手を振ると、彼がじいっとこちらを眺めているのに気づいた。一瞬疑問に思ったが、すぐにピンとくる。外は寒かったろうし、私がやられるくらいの甘い匂いの渦中に居る彼だ。考えてみれば当たり前である。
ちょっと待って、と嵐山を引き止めると、小銭を取り出して同じブラックコーヒーを買った。手で包むと温かく、これなら作戦室まで温もりが持つだろうと思った。
「はい、これ」
「いいのか?」
「まあ、私からのバレンタインだと思って」
嵐山はすこし目を丸くして、それから気の緩んだ笑顔になった。手が埋まっている彼のコートのポケットに缶を詰めると、すとんと入り込む。
「ありがとう、大事に飲ませてもらう」
「いいよいいよ。コーヒーくらいまた差し入れるから」
「三月、楽しみにしててほしい」
「ん?」
「バレンタインなんだろ」
お返しするから。
嵐山は笑ったまま、軽やかにラウンジを後にする。残されたこっちは思わぬ展開についていけない。
「……嵐山って本当に優しいんだな」
律義者もここまでくると希少である。私は口の中を洗うようにコーヒーを飲み干す。まだ少し、甘い気がした。