「見るからにめっちゃ義理やん」 


 教室に忘れ物をしたのを思い出して引き返すと、入り口でクラスメイトと鉢合わせた。この寒空の下、例に漏れず生足勝負の女子高生である。口元まで覆い隠すマフラーの隙間でつやつやの髪の毛がゆるく段を作っているのがあざといなと思った。

「水上、おつかれ」

「おー、そっちも。遅ない? なに?」

「図書館の本、返却期限今日までなの忘れてて。机入れっぱだった」

「偉いやん、きちんとしとるわ」

 得意げに眉を片方あげて、彼女は鞄を背負い直した。コートを着込んだ肩はなめらかなカーブを描いていて、なるほど持ち手がずり落ちやすそうである。

 水上は、と水を向けられたので「忘れ物」と素直に言うと、机の中からプリントを二枚ほど抜き出す。覗き込まれたので見せると、首を傾げられた。

「来週までの課題じゃん、なんで取りに来たの?」

「先に片しとかなあかんねん。ランク戦やっとるから」

「あー」

 生駒隊は一ポイントが入れ替わりに響くB級上位に食い込んでいる。ランク戦が夜の部にぶつかればもちろん体力も気力も使い果たしてしまうので、こういう避けられないものは事前に済ましておきたかった。しかし高校三年の冬である。もちろん課題に取り組まなかったとしても既に決まっている進学先に変わりはないのだが、せっかくなら最後の成績表にもいつもと同じくらいの評価は欲しいので。

「水上って意外とマジメだよね」

「意外とってなんやねん」

「また今度聞かせてよ、落語」

「ええけど、今度はオチ以外で笑うん我慢せえや。ゲラやねんから」

「できるかなー、水上の顔眺めてたら面白くなっちゃうんだよね」

 まつげを伏せた彼女は愉快そうに歯を見せて笑った。彼女は本当に水上の普通の話で笑って、普通の話で驚いて、渾身の話で笑わない。そこ? っていうなんでもないポイントが刺さりがちの女の子だった。

 窓の外はすっかり日が落ちかけていて、ひんやりと冷たい空気が教室を満たしている。

「ほんなら帰るか、バスやんな」

「うん」

「俺はボーダー寄らなあかんからバス停まで送ったるわ」

「やさしー」

「もっと心込めーや」

 楽しそうに笑う彼女は昇降口までの距離ですでに寒い寒いとうるさかった。そんなに寒がるんならまず足元なんとかしたらええんちゃうの、と言いかけて飲み込んだ。前に同じことを言ってむだだったのは記憶に新しい。

 ここでいいよ、と正門を出たところで言われて隣の肩を見下ろす。吐いた息が白い。

「買い物して帰るの思い出した、バスじゃなくて向こう行かなきゃ」

 手袋の指が指したのは水上の行き先とは逆方向だった。そうなん、と返そうとした息継ぎのタイミングでわき腹に押し付けられる固いもの。コート越しだから痛くない。

「動くな! ってやつ」

「こわ、怖いわー。黒光りするやつやん」

「んふ、間違ってない」

 些細なことに笑う彼女が手にしていたのはチョコレートだった。最近コンビニでよく見かけるおいしいと話題のチョコレートである。

 おいしくて買い溜めたのに食べすぎて飽きた、とすこし早口で白状する彼女は視線を落としたまま、落ち着かなさそうに長いまつげを瞬かせていた。

「見るからにめっちゃ義理やん」

「そうかな?」

「ありがとさん。これうまそうやと思っててん」

 本音を返すと、彼女は照れたように目尻を下げて「よかった」と言った。いつもとすこし違う笑い方だった。

 それじゃあ、と若干噛みぎみに話を打ち切った彼女がすこし短めのスカートを翻しながら駆けてゆく後ろ姿を見送ってから、改めて手の中の箱を見てみる。流行りのチョコは彼女好みで、今日の昼休みにも「何個食べても飽きない」なんて話して友達に呆れられていたはずなんだけれども。

「……嘘下手やなあ」

 それを知りつつ演技してしまった手前、どうやって切り出したらいいか迷う。ひと月待つしかないか、と水上は白い息をかき混ぜながら春の日のことを思った。