ルウ


「なんか、甘い匂いがするぅ…!」
「…釣られてくんなよ…」
「え、?」

 廊下まで漂う甘い香りに、思わず厨房に来てしまったのは不可抗力だよ、とルウは心の中で反論した。そこに居たのは、この甘い匂いとはあんまり近いようには思えない男、である。だけれど、するっと服が汚れないように掛けていた布を取り外して、額の汗を拭う仕草からは、確かにこの甘い匂いの原因なのだと感じる。

「んだよ」
、甘いの苦手かと思ってた」
「好きだよ、悪かったな」
「別に悪いとか言ってないじゃん!」

 少し前まで森の中に一人で、正しくは召喚獣たちとだけれど人間としては一人で住まっていたルウは、最近になって甘いものをたくさん摂るようになっていた。この屋敷の主であるギブソン・ジラールが甘党だということもあり、近頃はケーキに夢中である。しかも絶品のケーキを取り扱う店でアルバイトをしているパッフェルという伝もあり、最近は生ケーキに事欠かない。

「でも、ギブソンさんとのお茶会には来ないじゃない」
「…あんなに並んでるとちょっと」
「えぇ!?」

 この匂いもそれに相当すると思うのだけれど、と、ルウはまた鼻を鳴らした。バニラエッセンスの香り、小麦粉が焼ける香ばしい空気、バターのとろけるふんわりとした熱い風がオーブンから匂い立つ。もしかして焼きごろなんじゃない? と呟くと、そうだよとそっけない声が返ってきた。

「なにケーキ!?」
「……生ケーキじゃねえよ、散った散った」
「生じゃなくてもいいっ、のケーキ食べたい!」

 素直なルウの言葉に、は目を丸くした。数秒固まって、はっとしたように口を覆い隠す。そして、厚い布を取り出してからオーブンに向き直ってから、ぼそりと付け足した。

「…ちょっと冷ましてからな」