「く、くる、な、くるな、来るな」
がたがたがた、銃口が震える。違う、きっと銃口ではなく地面が揺れている。地面がまるでプティングのようなものにすり返られてしまっているのだ、だから私がどれだけ地を踏みしめようとしても足に力が入らないのだ、そうに違いない。そしてこの、引き金を引こうにもどうにも重たい拳銃はきっと私の愛銃ではない。あれだけ手入れをしてやってるのにジャムりそうだなんて、そんなことはありえない。きっと引き金は飾り物であるモデルガンにいつの間にか入れ替えられたに違いない。きっと私を目の仇にしているあの女だ、違いない。きっちりと着込んだ制服も、先輩の言う通り、ネクタイを締めすぎた。だからこんなに、呼吸が荒い。
「来るな、来るな、来るな!」
現実主義だ、私はリアリストだ。国家試験に合格して、世界での地位を手に入れた公務員として一生を暮らすつもりだった。なのに、なんだ、天然記念物にしてもあまりに野性味が強すぎないか? 牙をがちがちと鳴らしながら、私を取り囲むそれは、鋭敏に私の一挙一動に反応を見せる。ぼたぼたと滴り落ちるやつらの唾液に、私がやつらにとっての何かということを思い知らされる。
「しゃ、射撃の成績は、よかったんだ」
分かっているはずだ、ここは私の世界ではない。
射撃訓練場は、射撃中に話しかけてくる人間は居ない。耳栓をした上で精神統一をする時間を与えてくれて、しっかりと狙いを定めさせてくれる。なのに今はどうだ、私の手はがたがたと震え、引き金を引こうとしても力が入らず、妙に金具を鳴らしていらいらしてしまうばかりで――相手が居る。
「い――っ」
相手が居るか居ないかで、これだけ違うものなのか。ロスではそんなこと、そんなこと、相手に発砲するなんてことは、避けていた。先輩、先輩、タバコも買ってきます。一緒にご飯食べたいです、飲みにも行きたいです、本当は少し、友達も欲しかったです。配属されたときからお世話になりっぱなしの、私の先輩、数週間前に忽然と消えてしまった私の、私の…!
「せ、…せんぱいぃっ……」
「おう、呼んだか?」
え?
その瞬間、隣でかちっと引き金が引かれた。その軽い音のあとに、懇親の力でピアノの鍵盤をたたいても出ないような音がこだまして、思わず足の力が抜けた。すとんっと腰を落とした地面は、硬かった。重力に根負けして顔を伏せると、垂れ落ちてくる髪の間から、茶色でへろへろしているコートの端が見える。いつも、いつも着たままだった、ポケットにメモや小銭やタバコが入ってるあのコートの端が、見える。
「よう、。何してんだ、こんなとこで」
銃口から煙をくゆらせたまま、先輩は、変わらないけだるい顔をしてそこに立っていた。