「あら、師範代。ごきげんよう」
「…、こんにちは」
小柄な体に似つかわしくない、刃が研ぎ澄まされている剣を素振りの形のまま静止させてみせたは、こちらを向いたままにこにこと微笑んでいる。全く、世の中というものは持たなくていい力を持たせるべきでない人間に宿らせてしまうのだから性質が悪い。こんなにか弱そうな女性なのに、持ち歩いているそれは大層、凶悪なものだった。
私やラムダ先輩が持ち歩いていてもおかしくないだろう、騎士団のメンバーが扱うには少し小ぶりだが、大剣に分類されるはずのそれが、の好む武器だった。
「今日も稽古をつけてくださるの? 嬉しい限りですわ」
「ああ…そのつもりだよ」
「やっぱり師範代が居てくださらないと、私、力が有り余ってしまって」
家で薪を割るにはもったいない力だと、彼女の兄が私の元へつれてきたのが最初だった。幼い頃から力の強いと評判の子だったらしいが、物騒だからと剣術の練習をしはじめたところ、村の教師より頭角を現してしまったのこと。最初はこんな少女がと断った私だったが、少女は人のいい笑顔を浮かべながら、私に剣を向けた。
「こうやらなければ、わからないのでは?」
無邪気に、それは間違っていないと信じきっている、綺麗な笑顔だった。子供が初めて自分で何かを決定して、これは間違っていないでしょうと言い切るあれと同種の笑みだったが、私はそのとき、何の断りもなく切りかかられてきたらどうしただろうかと、今でも恐怖する。職業柄、切っ先を向けられれば反応してしまうように刷り込まれているのだ。少女にだって、もしかすると――「師範代?」
「えっ?」
「師範代、どうかなさいました?」
「いや、…君の剣筋はいつも迷いがないなと」
「あらあら、レイドさんは私をほめるのがお上手ですね」
彼女は、私をレイドさんと呼ぶ。いや、呼んでいた。しかしここに来てからしばらくしてから、彼女は頑なに師範代と呼ぶようになった。だがまだ徹底しきれない幼さを残したは、気の緩んだときに、レイドさんと呼ぶ。それに気づいたのは最近だったが、私はそれがなぜか、嬉しかった。
「剣を振るってばかりでは女としてどうなのだとよく言われますが…レイドさんにほめられるとそんなことどうでもよくなってしまいます」
「いや、君は…」
「ふふ、さあレイドさん! 私の剣の腕を磨くために、今日もご指導お願いしますね」
すさまじい風切り音をさせて、は剣を振り下ろした。地面に刃をつけ、額に滲んだ汗を拭う姿は、まるで花壇から顔を上げたときのように可憐だというのに。本当に、この世界というものは与えるものを選ばない。
「いいだろう、お相手するよ、」
「はいっ、レイドさん!」
でも、こちらに切っ先を向けるがやはり嬉しそうに笑うので、本人が幸せならば私はそれを後押しするしかない。そしてこれは秘密だが、いつかサイサリスに話してみようと思っている。女性の部下は欲しくないか、と。