ぼーっと、巻物を開いたまま俺は後輩の手際の良さに見惚れていた。ほう、と溜息を吐くと、それに反応した久作がこちらをぎろりと睨む。二年生にしちゃあ中々の威圧感、さすが一年生より年上、可愛げの中に既に忍びとしての怖さを飼い始めている、…というよりもこれは本物の純粋な憤りだ。やっぱりまだ二年生、…あー眠くなってきた。

先輩」
「…ふぁーい…」
「欠伸をしないで下さい! 仕事!」
「……してるしてるー…」
「さっきから進んでません!」

 俺は生憎、書物を年代順に並べるだとか新着順に並べるだとか、そういうのは苦手だ。というか、もう六年にまで進級して五年間もこの図書室に通っていることになるが、自分の好きな書物のある場所しか未だに把握できていないそんな俺に書物整理は無理だ。まあそんなことは俺と六年目の仲になる長次には分かりきったことだったのか図書委員長のやつから言い渡された仕事は虫食い文書の修復だ。確かに、ちみちみとしたこっちの作業のほうがずっと俺好みである。あるが、…いかんせん、外が悪い。

「こーんなに天気良いのに…」

 そう、外は最近のどんよりとした雲とはおさらばした、晴天である。きらきらと降り注ぐ太陽光を浴びてそのうちに木陰で休んで、そこで好きな本を広げながらたまにうたた寝なんかしながら休日を過ごせたら俺の理想ぴったし、それに対して可愛くて美人で気立てがよくて優しい彼女が膝枕とかしてくれたらいいんだけどなあ…現実は苦い。俺の休日はかび臭くて薄暗い図書室の中、男だけで図書整理と墨の匂いで満ちた虫食い文書と逢引き、ついでに彼女は随時募集中。

「天気は関係ないです、今日は図書委員会の活動って前々から…」
「わーった、分かった分かった」

 ずりずり、墨を溶いて俺は背筋を伸ばす。ああ、でもやっぱり紙の匂い墨の匂い、このなんともいえない閉塞感と微かな孤独感、俺やっぱり図書室好きだあ…。知識の山、書物の宝庫、持ち出し厳禁の南蛮のことが知れる貴重なもの、全部全部大切だ。

「あ、先輩がちゃんと参加してる!」
「ほんとだー…」
「おう、きり丸に怪士丸! こっちゃ来いこっちゃ来い」
「先輩、それじゃ妖怪っすよ…」
「でも僕、先輩だったら寄っちゃうなあ…」
「怪士丸はいい子だなあ…きり丸も冷静で忍たまっぽいぞー」

 ぎゅう! 墨を溶いていた手では触れないようにして、寄ってきてくれた一年生二人を纏めて抱きしめる。二年生の久作は、一年のときはこうやって俺に懐いててくれたのに、一年が入ってきてから恥ずかしいのかそれとも俺についていけないと思ったのかこうやっても寄ってきてくれなくなった、先輩はちょっと寂しいです。と、長次に愚痴ったら、お前が特殊なのだと一言で斬って捨てられた。同級生にも俺は見捨てられてしまうような性格なんだろうか、だったら俺は性格を修正しなければならない。

先輩、墨の匂いがする…」
「お、怪士丸も虫食い文書の解読手伝ってくれるか?」
「はい…お手伝いします…」
「きり丸は?」
「じゃあ俺は久作先輩の手伝いに回るっす」
「へへ、頼むな! アルバイトの斡旋もしてやるからなー」

 俺は外でも中々誇れる人脈を持っている。これはアルバイトに向く人脈で、きり丸は俺の斡旋するアルバイトにものすごく興味を示しているらしい。学費を稼ぐためにせっせとアルバイトをするきり丸を応援したいのは山々だが、足軽のアルバイトだけは俺が頑なにきり丸に与えない。あの手この手を使って邪魔しつくしている。それに気づいていないきり丸は早く身長が伸びないかと思っているらしいが、いくら伸びても可愛い後輩をみすみす死なせようとするほど非情な先輩でもないんでね。

「アルバイト!?」
「お、おう」
「マジっすかいつっすか今っすか! 銭!」
「きり丸、ちょ、やば…」

 ここから少し離れたところの気配がさっきから毛羽立っていたのに、そんな大声を出すと…。そう思っていると、やはりすぐに、慣れたものが飛んでくる。俺はきり丸を抱え込むようにして怪士丸と一緒に腕の中に隠して、よく外れやすくなっている床板でそれを受け止める。
 ああほら、図書委員長様がお怒りだ。静かに怒っている。笑うくらい怒っていないのは俺や後輩が少し騒いだからだろうか、長次の中での「身内」に俺や怪士丸に、久作もきり丸も入っているのだ。長次の優しさは分かりにくい。俺は笑って、板から縄標の先を外す。するり、縄が床を走るように気配の元へと戻っていった。カコン、音を立てて元の位置に戻される板は、毎回用具委員会に補修を頼むときに忘れられる可哀相な板だ。一枚だけボロボロな板があったらそれなのだが、誰も気にしない。

「ただいま戻りましたー…あれ、先輩」
「よう、雷蔵。お帰り」
「はい、…一年生二人が苦しそうですよ」
「うお、悪いな二人とも」
「…ぜえっ」
「だ、大丈夫です…」

 どうやら買出しに出かけていたらしい雷蔵が、静かに図書室に戻ってきた。その手に持っている包みの中身に検討がついて、俺は怪士丸に筆に気をつけるように囁いて立ち上がった。
 仄かに、餡の甘い匂いがする。

「休憩にしようか」

 こうして図書委員の休みは過ぎていくのだ。俺の休みも、なかなかどうして素敵だ。