つんとした表情、冷静沈着で成績優秀、眉目秀麗サラストランク一位。…同級の子はこぞって奴を褒め称えとろんとした目つきで廊下ですれ違うそいつを見やり、素敵、だなんて似合わない言葉を零す。…素敵? 誰が? 聞き返すのも面倒になる、私はうんざりとした顔を隠そうともせずに陰った視界に溜息をついた。

「今日も暇を持て余しているようだな、
「そう、あんたとは違って余裕があるの」
「ほう? ならば私を負かすくらいの鍛錬でも積んだらどうだ」
「冗談。私、あんたに負ける気がしないから」

 うんざりした表情はそのまま、視線だけをゆっくりゆっくり無駄に時間をかけて上へとやる。緑の制服、細身の体、綺麗に風に靡く眩しい黒髪が徐々にその人物を象っていく。ようやく私と目の前の男との視線がぶつかりあったとき、その男の浮かべていた微笑の、…恐ろしいこと。ここまで作り笑いだと分かりやすい笑い方もない。だから私もお返しといわんばかりに同じくらい不気味に無邪気な笑顔を向けてやる。

「で、そのお忙しい立花仙蔵さまはどうしてここに?」
「いやなに、一人寂しく座り込んでいる暇人に構ってやろうかとな」
「そんな、別にあなたの手を煩わせることもありませんから」

 にこ、笑えば彼もにこり。まるでなにかの錯覚をしそうになるくらいの笑顔の応酬、でも心の中では何を考えているのやら分からない。少なくともやつはこうやって噛み付いてくる私を腹の中では笑っているに違いない。立花の中では私は面白い玩具のような位置づけだろう。分かっているから私も、同じような扱いをしてやろうと決めているのだ。
 笑っていた顔はどこへやら、私はぎっと立花を睨み上げて、それでも口元は笑みを浮かべたまま苦々しく呟いた。

「…みんなあんたの本性を知って幻滅すればいいのに…」
「本性? なんのことかわからんな、お前こそもう少し女らしくしたらどうだ」
「少なくとも、他の人の前では女らしいと思うけど」
「…どういう意味だ?」
「あんたに媚なんか売りたくないってこと」

 沈黙が数秒、それから立花がにいっと笑って私から視線を外した。それを合図に私も、張り詰めていた気を緩める。それからはいつも通りだ、柔らかくなった雰囲気に流されるようにたわいも無い話を少しと別れの言葉を一言、日常の一こま。それくらい私と立花の日常には互いが組み込まれていて、無ければ違和感が沸くくらいのもの。別に甘い関係でもないのに、奇妙なものだ。

「…ひどい顔だな?」

 そう、別に甘い関係でもなんでもないのだから、わざわざこんなところまで私を追い詰めていつもの嫌味を言い合う必要もない筈なのだ。私は熱くなる頭に言い聞かせる、弱みを見せるな、と。こいつは私をつついて面白がる男、弱みや綻びを見せれば一瞬で食いつかれてそのままお陀仏だ。ぐっと奥歯をかみ締めて、いつも通りの笑顔を浮かべてやろうとするのに、唇が震えて上手く笑えない。爪を掌に食い込ませて、必死に、笑ってみせた。

「…どうしたの? 作法委員長は、サボり癖でもついたの」
「暇人が見当たらんと思ったら、どうも大きな失敗をしたらしいと聞いてな」
「…」
「その顔を拝みに来てやったというわけだ、…ほら、顔を見せてみろ」

 こいつは私の一挙一動を面白がっている。ぎりぎり、噛み締めた奥歯が音を立てて私の心の音を形作るようだ。顔が上げていられない、どうする、逃げようにも立花は私よりもずっとずっと実力があって、逃げ切れるわけもない上にここから逃げることだってできないだろう。…弱みを見せればおしまいだと、思っていたのに、こんなところで終わりだなんて、心はぎりぎりと音を立てて崖から落ちそうな私を表す。後ろは崖、目の前は立花という虎、逃げ道もなく、走馬灯のように――失敗を思い出した。

「…、…っ」
「…、どうした。何か言ってみたらどうだ? つまら…」

 …、微妙なところで切れた言葉は奇妙だったけれどもあいにく私は私自身のことで精一杯だったので無視だ。精一杯の虚勢を張って上げていた顔、その私の頬に伝った涙に私の負けを叩きつけられたのだ。私は負けた、弱みを見せた、よりによって、立花の目の前で涙を見せてしまった。そのことも悔しくて、あんな失敗をした自分にも腹が立って、情けなくて悲しくて悔しくて、かあっと耳が熱くなる。見ないでほしい、嗚咽を噛み殺すのに必死な喉からは言えないから意思表示として膝を抱えてぎゅうっと身を縮める。

「…、う、っ…」
「――!? 、な、何故泣く? わ、私は」
「たっ…」

 半ば冷静じゃなくなっている思考で弾き出した言葉を、思いっきり言葉に出す。もう、どうにもでもなれ! 涙でぐちゃぐちゃに歪みきっている視界の緑色に向かって、泣き顔を隠そうともせずに叫んだ。

「立花、せんぞ、…のっ、ば、かめ! …なんで、…なんで来たんだぁ…っ!」
「え、、…、私は、だな、…お、落ち着け!」
「私はっ、れいせ、だあ! ひ、っ、な、んで、…う、…うあ、ぁあぁ」

 今までの鬱憤を晴らすように、暴言をいくつもいくつも、何十個も言ってやるつもりだったのに、喉につっかえて何もいえなくなる。口を開こうとする度にしゃくりあげるのが苦痛で、口を閉じる。ぼろぼろと零れる涙は土に落ちて模様を描き、唇の隙間から零れる意味の無い単語は立花にどう聞こえているのだろう。

、…!」
「たち、ばっな、……、のっ、…、っ、ばか…どっか、…いけ…っ!」
「…っ、それは聞けんな!」

 ぐっと腕を引かれ、私は体勢を崩した。元々が肩を軽く押されても前にころりと転げてしまいそうなものだっただけにその反動はものすごいもので、私は一瞬だけ涙が引いていくのを感じながら目を見開いた。土まみれにでもしようというのか、立花は私のことを本気で侮辱したいのか――そう思ったのもつかの間、私が突っ込んだのは地面ではなかった。暖かくて私よりずっと筋肉質な身体、細身だからどうもひ弱な印象があったのになかなかどうして、こうも安心するのだろう。

「…こ、これで私は泣き顔は見れん! だから泣け、いいから泣け!」
「たちば、な」
「――そして早く」

 小さく耳元で囁かれた言葉に気づいたけれど、なんだかどうしようもなく気恥ずかしくて聞こえない振りをして、私は立花の胸で、泣いた。

「そして早く、笑ってくれ」