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一定の間隔で体が揺れる。その震動に気づき、は目を瞬かせた。頭が重く、思わず唸るような声が漏れた。 「……起きたのか」 気遣うような小さな声だったが、低い声の震えが肌に直接伝わってくる。ぼんやりと視線を上げると、すぐそばに彼の頬があった。ややあって、それに気付いた彼の目が彼女を見る。隈は相変わらずだったが、自分にも人にも厳しいはずの潮江にしては驚くほど柔らかい目だ。 どうして、と尋ねようとして、呻いた。胸が圧迫されたように息苦しい。 「無理に喋るな」 そう言うと、彼は一言断ってから、を背負う体勢を整えた。大きく体が揺すぶられる度に全身が痛んだが、声を上げないようにと唇を噛む。ぺったりと張り付いた衣服が冷たく、急にぞくぞくと這い上がる寒気に苛まれた。 「覚えているか、お前は崖から落ちたんだ」 「……よく、おぼえて、ない」 「そうか」 潮江が一歩を踏み出すたびに、枯葉を踏みしめる音がする。まだ鈍感な頭でも、青臭い緑の匂いを感じた。木々の間から漏れ落ちる微かな光は、太陽ではなく月のものだろう。今は夜で、場所は山か森か。 徐々に先ほどのことを思い出してきた。そうだ、しつこいからと敵と応戦して足を滑らせて――は瞬きをしながら、浅い呼吸を繰り返す。 気持ちが落ち着いてくると、痛みも鮮明になってくる。気付いてしまうと、うめき声を押し殺すのにもすぐに限界がきた。 「……う、ぐ」 「痛むか」 「少し、……」 はそう答えてから、あの鍛錬馬鹿の潮江に弱音を吐いてしまった、とぼんやり後悔した。しかし今はうるさく叱られようとも、話の内容を理解する自信もなかった。ぐったりと頬を彼の背中に預けると、鍛えられたそれは冷えた体にはやけに熱く感じた。 「今日中に学園に戻るのは無理だ、今夜はここで休むぞ」 「ごめん、な、さ……」 「喋るなと言っとるだろうが」 厳しい言葉だが、声色は優しい。恐る恐る傷ついた細い体を下ろす彼は、自他に厳しいいつもの潮江文次郎とは別人のようだ。 自分の上着を脱いで地面に敷くと、を横たわらせる。苦しげに眉根を寄せる彼女の前髪を払ってやると、痛々しげに表情を歪めた。 「幸い、今日は雨がないからな」 「うん」 「火を起こす、待っていろ」 そう言って、潮江は闇の中へ消えた。きっと薪を集めに行ったのだろうと予想はついたが、先ほどまで傍にあった体温が消えただけでこんなに寒いだろうか、とは身を縮め、痛みに耐えるように目を強く瞑った。 さむい。 「――」 「…………っ!」 頬に触れられ、やっと他人の気配に気づき、は反射的に構えた。同時に打ち身が痛み、情けなく呻く。は薄く目を開け、目の前で膝をついているのが潮江であるのを確認した。ふっと肩の力が抜ける。 「……ご、めんなさい、少し寝てたみたい……」 「いや、俺こそすまん」 気が付けば、火が起こされており、十分に安定しているところからしばらく寝ていたようだった。額に乗せられた濡れた手ぬぐいが気持ちいい。先ほどまであんなに寒かったのが、今は少し暑い。 「……熱が出たか?」 「そう、かも」 「……」 のほのかに赤い頬に、潮江の指が添えられた。指の背で優しく撫でられ、思わず目を瞑ってしまう。ささくれ立ち、まめのできた硬い指が、今は何より恋しかった。 しばらくそうしていた潮江だったが、ふっとそれを外すと、何かを差し出した。なんとか焦点を合わせると、筒だと気付く。 「水分を取れ」 受け取ろうとするが、腕を上げることすら億劫だった。体を起こそうとするも、ぎしぎしと体が痛んで水を飲むどころの話ではない。は回らない頭で考え、寝たまま水筒を口に当ててもらえばいいじゃないかと笑った。 「筒、傾けてくれる……?」 「ばかたれ、零れるに決まっとるだろうが」 「……」 道理だった。 「じゃあ」 どうしよう、と言おうとしたの目の前が、急に陰った。 濡れたそれが、彼女の唇に押し付けられていた。 軽く混乱し、何かを言おうと薄く開けば、器用に唇を割られ、生ぬるい水が咥内に流れ込んできた。呼吸ができず、それを飲み下す。咳き込みそうになるのも、二度目の口づけで止められる。 「は、あっ」 「」 囁かれた名前が妙に熱っぽく感じられた。 「しお、……」 すぐさままた水分が押し込まれる。かさついた唇がわずかに引っ掛かる感覚がもどかしい。これは、水分を流し込むだけの、必要に迫られたからする行為だ。は潮江の下衣をぎゅうと握りしめた。潮江もそれを包み込むようにして握り込む。 「……」 苦しいのはのはずで、痛いのものはずなのに、それよりずっと辛そうな声だった。 「……」 「平気か?」 「うん……ありがとう」 「いや」 気が付けば水筒は空っぽになっていた。水分を取ったおかげか、声が出しやすく思える。は視線だけでどうにか潮江を見ようとしたが、なぜか全く視線が合わない。しかしまだ手を繋いだままで居てくれる安心感で、のまぶたが徐々に重くなってくる。熱のせいでのほうが熱いはずだが、彼の手の熱がひどく心地いい。 「ねえ、潮江」 「……どうした。寝ておけ」 「もう、一回」 普段なら言わない言葉だったが、今のからはするりと出た。やっと目が合う。それに手を握ることで返すと、彼が目を細めて笑った気がした。 |