「…」


 こんなに、静かなものだっただろうか。
 人が、居ない。それだけでこんなに、あんなに騒がしく思えた私の日常は一瞬で色褪めて、こんなに味気ないものになってしまうのだろうか。私の見ている世界は、本当に私が一日前まで見ていたものと同じものなのだろうか。もしかして昨日、私が気づかないうちにでも世界は一瞬で誰かに壊されてしまって、その中に私一人だけが残されてしまったのではないのだろうか。ここは昨日までの世界の、残骸で、笑いあった友人たちはどこかへ、――どこかへ行ってしまったのだろう。


 そう、どこかへ行ってしまったのだ。
 私は目を瞑り、忘れることのできないであろう、生涯の友の顔を思い出す。一緒に笑いあったこと、たまに苦い空気を作ってしまったこと、皆で泣き、皆で許し、許され、出会いという指でも切れそうな糸を、刀でも切れない強固な絆にまでしたことを、思い出す。


 海へ、夏の生温い海へ背中から叩き落された気分になった。何の心構えも姿勢も整えられず、ただ、肩を押されてそのまま落ちていく、その先にあるのは惰性の温い海。想い出に浸る心地のいい逃避の海、まるで母の胸に抱きかかえられた赤子を彷彿とさせる、そんな感覚に襲われた。



「馬鹿か」


 馬鹿は私だ。
 世界が壊れた残骸に、一人で残されたほうがよほどましだったに違いない。
 でもここは確かに昨日、一週間前、一年前、六年前、友人と出会い思い出を作り、絆を誓い合った場所であり、私の、大事な場所だった。

 昨日、卒業した。
 友人は皆、行き先も告げずに、別れの挨拶さえせずに影も形もなく消えうせていた。皆が皆思っているのだろう、二度と逢えないかもしれないなんてこと、どうでもいい。だから全てを、ここに、――学園に置いていった。門を出た時点で彼等は全員「忍者」で、相手のことは「自分以外の忍者」で、詮索不要で情け無用。それでも闇の中へと全てを投じるのは怖いから、学園に置いていく。




「だから、頼んだぞ、
「………」
「絶対に俺等を、捨てるな」


 潮江は、勝手だった。私も勝手だった。


 上手く声が出なくて、ただ潮江の顔を見上げることが精一杯だった。私は、礼儀作法を学びに忍術学園へ来たのだからくの一になるという未来の道は細く薄く、そして私自身も選ぶつもりはなかった。ただ、それなのに六年間も忍術学園から離れられなかったのは、誰のせいなのか分かってないんだろう。結局、事務員として小松田さんの補佐をすることにした私に、潮江は酷く真摯な眼差しを送ったのだ。いっそ責めて、いつものようにバカタレ、なんて怒鳴ってくれればよかった。




「お前に、全部をくれてやる」




 いらない、いらないよ。潮江、ねえ、潮江。
 涙を堪えるのに精一杯の私は一言も彼に言葉を返さず、最後に俯くことで意思表示すら拒絶した。潮江は、笑うだけだった。話すときは相手の目をしっかり見ろ、とか、はっきりと聞こえる声で話せ、とか、…今までいっぱい、注意してくれたことを全部、全部無視してるのに、もう何にも言ってくれない。ただ最後に、私の髪を梳いて、囁くように呟いたあの声だけ、忘れられない。


 忘れられないよ、潮江。
 「ありがとうな、




 だから私は、勝手なあなたの約束と引き換えに、あなたと生きる世界を壁一枚隔てる。







(20090505-春鳴/選んだのは君のいない世界)