…寒くて、頭が痛くて、ただただ頭が重くて、手も動かせない。声だって出ないし動けないし、どうしたらいいのか分からない。こんな状態になるのなんて久々で、本当に久々で、…同室の友人が居るのだけが不幸中の幸いだった。目を閉じても、戸を一枚隔てた外がまぶしくて目を瞑っても光が眠りの邪魔をする。どうしたのだろうと思い、額の手ぬぐいを代えてくれる友人に問う。

「雪が、降ってるの」

 静かな声だった。曖昧な返答代わりの瞬きをすると、彼女は淡く微笑んで冷たい手ぬぐいを私の額に乗せてくれた。なるほど、だからさきほどから外できゃあきゃあと可愛らしい下級生の声が聞こえるわけで、そんなに冷え込んでいるから私だって体調を崩したのだ。それにしても、雪だなんて勿体無い。いつもの私ならば外に出て行って、物静かなこの友人を外に連れ出す良い口実にしたというのに、本当に勿体無い。休みの日の雪だなんて下級生にはご褒美以外のなんでもないだろう。私にとってだってそうだ、冷たいあれは、雨が降るよりずっと、いい。

「そんなに悔しそうな顔をするものじゃないわ」

 友人には見抜かれているらしい私の頭の中は、もう熱で朦朧としている。寒い中で手ぬぐいを絞ってくれた彼女の細い手は冷え切っていて指先なんて少し赤くなっていて、ああ迷惑をかけているなあと、実感する。だから、そんな指で私の瞼を撫でてくれた彼女の優しさと、無言の「寝ていなさい」の声に後押しされて瞼を下ろす。


 頭の中で、ちらちらりと白い、雪が落ちてくる。とても冷たいのに、どうしてだかそれに無性に触りたくて、皆が止めるのを振り払って目の前の雪に飛び込む。思ったようにとても冷たくて、心臓がその中で激しい存在主張を続けて、頭の中で、痛いくらいにどくんどくんと血流の音を響かせる。ああ、このままここで眠れたらどんなに幸せだろう、冷たくて冷たい私の世界、人波に紛れて私がちゃんと居るかもよく分からない現実と違って、確実に私の存在が確立されている世界。
 私しか居ない世界、それは幸せ。

 違う。それは違う、それは「幸せ」じゃない。
 人に紛れて、居なくなることさえ容易な私をちゃんと見つけてくれて手を握って、色んな場所に連れて行ってくれて抱きしめてくれて、私のことだけ真っ直ぐに見てくれる、あの人が居ない。名前を呼んで、自分が寒かったら私も寒いと思って抱きしめて自分の分の体温を分けてくれる優しい人が居ない。あの笑顔を向けてくれる大好きな人が居ない。そんなのは嫌だ。

 私はその雪から身体を起こして、自分にこびりついた雪の欠片を叩き落とす。顔を上げて、飛び込んだ白い世界の中に彼を探す。きっとこんな雪、彼が下級生に劣らずに喜ばないわけがない。きっとこの雪の中に居るはず、どこに居るんだろう、急速に冷えていく体があの人の優しさと人肌を求めている。ざく、ざく、さく…雪を掘り進める間に、指が痛みを訴え始める。邪魔をしないで、私はあの優しい人に笑顔を向けてもらって、きっといつもどおりに広げてくれる腕の中に私から飛び込む。深緑の制服の合わせ目に頬を擦り付けて、明るく笑ってくれるあの人に、もう離さないでと思いっきり甘えたい。人恋しい、あいたい、相対、会いたい、逢いたい!
 吐き出した白い息と同時に、名前を囁く。


「…くの一教室は男子禁制なのですけれど」
「そう固いこと言わないでさ」
「病人が居るのです」
「その病人ちゃんに用事があるんだ」


 見つけられない、私じゃだめなのだろうか。思わずその場に座り込むと、もう私に動く体力が残っていないことを体が知らせる。そうしたら私の上に雪がばらばらと降り落ちてきて、払い落とすことも出来ないままその冷たさに埋もれる。ああ、動けない、動けない。体が冷たくて、なのに頭の芯だけはとても熱くて焼け落ちてしまいそうで、ずきんずきん、埋もれていく頭が痛む。指先が、何かに食まれる。それはとても熱くて痛くて冷たくて、本当はどれなのかよく分からない。
 もういい、獣だろうか、私を食べてしまえ。そう思った瞬間、それが雪の中から私を一気に引き上げた。

「……おはよ」

 目を開けた先に、ようやく捜し求めていた人が居た。名前を呼びたくても声が出なくて、掠れた息を吐くのが精一杯の私に向かって優しく手を伸ばして、冷たい手で柔らかく撫でてくれる。ああ、やっぱり外に居たのだ、雪の匂いがする。彼が、小平太が私の指をちろりと舐めて、やはり優しく食む。ああ、さっきの獣は小平太だったのだ、雪の中から私を助け出してくれた、優しい優しい暖かいその牙が、甘く私の肌に刺さる。

に、雪、持ってきた」

 小平太の手の中の雪兎は、彼と同じ、優しいけれど鋭い瞳をしていた。