するりと扉が開かれ、伏せられていた顔が上がる。タソガレドキ城の中に救護室として割り当てられたその部屋は、扉の立てつけが悪かったが、コツさえ掴めば簡単に開くことができた。その扉を音も立てずにさらりと引いて、一つの影が入り込む。ごりり、と薬草を挽いていた手を止めて、部屋の主である女が顔を上げた。

「いらっしゃい」
「こんにちは、さん」
「また怪我?」

 入り込んできた男は、眉を下げて頷いた。それに笑顔を返して、救護室を預かるは座布団を出してやる。腕の切り傷から流れる血で汚してしまわぬよう、諸泉は慎重に腰を下ろした。

「腕をお願いします」
「他には?」
「いえ、特に」
「うそ」

 は? と、頭巾を取りながら座った諸泉が顔を上げると、至近距離にの顔があってがちりと体を固まらせる。彼女はその反応には全く興味を示さずに、じっくりと忍び服の下の体を観察して、ほどなく細い人差し指がわき腹をつつく。身をこわばらせていた諸泉は別の理由でさらに凍ってしまう。
 数秒の沈黙と、衣擦れの音。いろいろ言われるのも厄介だが、こうやって無言の抗議を受けると、もう隠し通せない。溜息を吐いて、諸泉はの肩に手を添えて、その体を押し返す体勢を取る。

「……す、すみませんでした。すみませんでしたって」
「なんで隠そうとするのかなあ、きみは」
「いつつつ」

 ぐぐ、とわき腹の打撲を押される。一応忍びである諸泉のけがに関する隠し事は、なぜだかの前ではまったく意味を成さない。もう何度も隠ぺいに失敗しているのだが、毎度こうも見破られては意地に近いものが疼いた。たぶん諸泉の根っこにある負けず嫌いが、こんなところにも出ているのだ。だがしかしもこの戦好きのタソガレドキ城に勤めて長い、けが人の扱いには慣れたものである。

「ほら、脱いで脱いで」
「自分で脱げますよ、子どもじゃあるまいし」
「私にとってけが人はみんな子どもなの」

 素早く上掛けを脱がされ、手際の良さに感心する。自分とそんなに年が離れているわけでもなさそうだが、この仕事は長いのだろうか、と思ってみたりもする。まったく成人女性の年齢というものはわからないもので、年齢に比例する人生経験というあれそれで見分けられるようになるはずだが、諸泉にはまだ縁遠いようにも思えた。
 ぐい、と中に着込んでいた布まで引き上げられ、はっと我に返る。

「じ、自分で!」
「もう」

 じとりと睨まれ、慌てて脱ごうと身をよじり、ずきんと突き刺さる痛みに呻いた。呆れるような声色で、でも手つきは壊れ物を扱うように優しく、の掌が背中を摩る。その掌はふしぎなほど温かくて、諸泉は思わず目を細めて、意識でその熱を追った。

「……無理しないの」
「すみません……」

 けが人なんだから、と念を押され、諸泉は抵抗を諦めた。上半身をむきだしにして、素直に動かずあぐらをかいている。眉を寄せ、が動くのを待っていた。さて、と静かな声が聞こえて、彼女は諸泉に向き合うように体勢を整える。

「分かっていますね、諸泉尊奈門」

 ぴんと背中を伸ばしたの声色は冷え切っていた。
 じわっと背中が汗を噴く。俯きそうになったが、そこをぐっとこらえて、と目を合わせる。たぶんこれも負けず嫌いのせいだ。諸泉の強い視線を受けてもなお冷たい目をして、の手が腕をつかむ。温かい手だが、次の動作が想像できるだけに、振りほどいてしまいたい衝動に駆られる諸泉。しかし、唇を真一文字に引き結び、苦しげに息を詰めると、一度だけ頷いた。

「行きますよ」
 声と同時に、の手に握られた布が、腕の傷に強く押し付けられた。


* * *


「治療されてる気にならないんですよ」

 毎回のことだが上手く巻くものだなあと、腕に巻かれた包帯を眺めながら、ぽつりと諸泉が呟いた。上司である組頭の包帯を変える手伝いをするが、緩くなくきつくもなくと絶妙には仕上がらない。手際に感心しながら言ったものの、言葉の内容は正反対のもので、は苦笑した。

「きみが悪いんだよ? 私がカクシゴト嫌いなの、知ってるくせに」
「だからって、手荒すぎやしませんか」
「じゃあ、もっと上手く隠しなさい」

 半笑いのが、諸泉に抱き着くようにしてわき腹の傷へ包帯を巻いていく。これにも慣れなくて、諸泉はまたぎこちなく口ごもってしまう。その反応を見てか、肋骨の近くで彼女が笑う気配を感じた。また首をもたげる、負けず嫌いの自分。

「――隠し事は、嫌いなんですか」
「仕事柄、みんなすることなのは分かってるんだけど、ね」

 細い腕が、若い忍者の鍛えられた背中を這う。一瞬、二人が一番近寄るときに香るのは、石鹸の匂いだろうか。

「じゃあ私も隠し事をやめます」
「まだ隠してることあるの? どこ」
「ここです」

 大真面目に、諸泉の手がの手を取って、彼自身の胸に当てた。素肌同士が張り付く感触に驚いた様子の彼女には目もくれず、緩く一息吐いてから、精一杯の仕返しをと口を開く。こんなところで言うのもどうかと思ったが、今切り出さねば言えない気がして、ならばたぶん今なんだろうと若い諸泉はもつれた思考から言葉だけを先行させた。

さんのせいで胸が痛いんです」
「え」
「痛むんです」
「あ、の」

 ぎゅっと、の手を握る。掌の中でかすかに震えたそれに、彼女の顔を覗きみようとすると、髪の間から赤い耳がちらりと見えて、つられて彼の頬も熱くなる。握られた手を振りほどこうともしないは先ほどの諸泉のように口ごもって、そして、目尻を下げて笑いながら、顔を上げた。やはり頬は赤かった。


「……隠してたの?」
「――――え?」