私の額に触れている指先がとても柔らかく、そして冷たいことに気がついた。私の手とは大違いだ、ユリコや鹿子やサチコ三世を手入れしているから火傷なんて絶えない上に黒ずんでいて、算盤を弾いているからか傷だらけだ。アイドルの手は美しくなくてはいけないのに、と思うのだが火器に対する愛情に対してそんなことは些細なことでしかありえない。私はぼんやりと目を開く。とにかく身体が重く、ずんとした鈍痛が頭に響く。あ、と小さな声が聞こえた。

「………」
「あ、お…起きた、田村くん」

 一瞬、誰だろうと思った。月光を背負って瞳を伏せ、心配そうに私を覗き込む少女はきらきらと輝いているようで、眩しくて目を細める。髪を下ろしているからかいつもより大人びた印象を受けると思えば、ようやく目が慣れてきたのか彼女が誰だか分かった。くの一教室のだ、算術が得意だというからたまに会計委員の手伝いに回されてくる、私と同い年の、あのだ。

「…私は」
「ユリコちゃんの隣で座り込んでたから…」

 声を出すと、予想外に掠れていて驚いた。はい、と冷たい水を差し出され、私は何の疑いもなくそれを受け取り、一気に煽る。冷たい水が喉から胃へと一直線に駆け下りていき、ようやく背が伸ばせるような気になった。ぼんやりとしていた頭もこの冷たさで少しだけ冴えたようだ。

「…座り込んでいた?」
「田村くん、寝て…ないでしょ?」
「……いや」
「潮江先輩と同じみたいな怖い顔」

 すごい汗、と彼女は冷えた手ぬぐいで私の額を拭う。まるで子どものような扱いに少し腹が立ったけれども、その手を跳ね除けようにも腕が重たくて上がらない。それに優しいこの手を振り払うのもどうにも気が引けた。からかおうなどという気がまったく窺えない、本当のお人よしからの行動なのだと思うと逆に呆れた。笑いさえ込み上げてくる。私が笑っていると、彼女も優しく目を細めた。

「冷たい…」
「井戸で濡らしてきたの、最近冷えてきたからとっても気持ちがいいよね」
「ああ」

 お前の指も同じくらい冷たいんだ、と言おうとして、気がついた。彼女の髪から少しだけ雫が垂れて、寝巻きの首元が濡れている。まさかこいつ、風呂上りなのか。そういえば微かに清潔感のある石鹸の匂いがするのだ。この冷える空気のなか、冷たい指と深深と冷える髪の毛からどれだけ外に居たのかが窺えた。それに気づいた私は自分が情けなくて仕方がなくなり、開いていた唇を引き締めた。彼女が私の異変に気がつき首を傾げる。

「田村くん?」

 唇が震えている。寒いのだ、冷たいのだ。私は耐え切れずに彼女の手を引いた。腕の中に倒れこんでくるの身体は本当に冷え切っていて、制服越しに私にも伝わってくるほどの冷えが悲しい。いきなりの私の行動に驚いたらしいは私の腕の中で少し身じろいだが、私が抱き締める腕の力を強めると、抵抗じみたそれを止めた。微かに震えているのは、身体だけではないらしい。

「…あったかい…」
「お前、馬鹿だろう、…風邪を引いても自業自得だな」
「……このままじゃ田村くんも風邪引いちゃうよ」
「お前に放って置かれても引いていた」

 だから気にしない、と私は彼女の身体に熱を移す。じわじわと、私の指まで冷たくなってきた。周りの気温が低いのだからこうしていることは不毛なように思えるけれど、鼓動を共有していることだけは無意味ではないのだと思う。彼女の冷たい指が私の首元に回って、ぎゅうと頭を抱えられた。暖かな首元に顔を埋める。ああ、本当に冷え切っている。暖かいはずの首元ですらこれなのだからもう一度風呂に入れさせるべきだろう。風邪を引いたらどうしよう、どうすればいいのだろうと思った。

「田村くんは優しいね」
「……
「それにとても暖かくて、男らしくて、とっても格好いい」
「…お前、冷たすぎるぞ」

 ぎゅう、ともう一度だけ抱き締められた。彼女の規則正しい鼓動が、私のとろとろとした眠気を誘う。

「胸を張る田村くんが大好きだよ」
「…………ありがとう」

 どうしてくれるのだ、どきどきとする心臓だけが、冷えた空気の中で火をつけられたように轟々と熱いのだ。