「同じ留年生同士、ろ組にしてくれればよかったのにな!」
「…それじゃ私まで留年生みたいですよ」
「あっはっは、すまんすまん!」

 ばしん、となんの遠慮もせずに私の背中を叩く手が嫌いだった。どうしてこうも豪快に笑うのだろうかとずっと気に触っていた。

 四年ろ組在籍、は私より一つ年上で、本来ならば今の五年生と一緒に進級するはずだった。しかし彼は今現在、こうやって私と同じ教室で四年の授業を受けている。なんでも学術の成績があまりに悪く、いわゆる留年させることになったのだというのが四年の総合での見解となっている。確かにいまこうして一緒に過ごしてみて分かるように、彼に忍としての繊細な動きはまったく見当たらない。荒削りで突発的で、何も考えちゃいない。いつも能天気にへらへら笑っていて、タカ丸さんのように全く忍術を学んでいない訳ではないのに年下に教えを乞うていることをまるで屈辱とも思っていない。同じ留年生という観点からしてさんはタカ丸さんのことを気に入っているようで、どうして同じ組にしてくれなかったのかと何かがある度に笑うのだった。

「三木ヱ門、表情が悪いぞ! もっと笑え、あっはっは!」
「……」

 少なくとも私は別の同級の者の前ではそれなりに笑う方だと思っている。なんでさんは私によく思われていないことに気づいていないのだろうか。ろ組の中で成績優秀な私はさんの世話を任されているので一緒に行動することが多いが、彼に慣れることはないだろうと、私は進級する春を思ってまた嘆く。

「ユリコ、サチコ三世…」

 そして私は今日も彼と一緒に組んで実戦へと出ることになった。今日は大規模な戦に参加して、どちらが優勢かなど観察し、忍術学園まで戻ることという課題が出ていて、今日もさんは笑いながら覆面を被る。彼と同じ色の覆面を被ることが嫌だった。上手く口と鼻が隠れていないぞ、などと言いながらきっちりと私の顔を布で覆い隠した。その力があまりに強くて私を縊り殺そうとしているのではないかと恐怖してしまうほどで、やっぱりこの人は苦手なのだと思いなおした。

「三木ヱ門、ちゃんと前を見ろ!」
「見ています、見ていますよさん、あなたこそ私に構っている余裕があるなんて」

 濁った空気の中で鉄が渦巻く。身体が固まってしまうほどの鼓舞する声、ひとの断末魔、悲鳴に命乞いに勝利に酔う叫び声、耳がきんきんとうるさい。さんがしっかりと撒きなおした覆面のお陰で鉄くさいにおいは大分薄らいでいるものの、空気が薄赤く見えるなんて酷い有様だ。正直に告白すれば、私はしっかりと前を見据えてなどいなかった。前を向けば死屍累々の血の海地獄、味方は心を許すなどとんでもない安心することのできない留年生。耳を塞いで座り込んでしまいたい衝動にも駆られた。それでもそれをしなかったのもある意味彼のお陰なのだ。彼の近くで弱みを見せるなんてことは私の魂が許さなかった。

「みき、三木ヱ門!」
「――は」

 それでも目の前の惨状から目を背けたかったのか、私は知らずのうちに意識をどこかへとやってしまっていたようだった。さんの近くで叫ぶ声ではっと気を取り戻し、そのときには時は遅く目の前には私たちの任務で味方をするようにと言われている城ではない鎧をつけた男が、血と脂でぎらぎらと光る刀を振るっている様が見えた。斬られる、と次の瞬間に目を瞑る。しかし結論から言えば私は斬られることはなかった。なんということだ、私の前には轟然と立ち塞がる彼の背中があった。彼は男の隙を狙ったようであり甘んじて攻撃を受けたらしく、斬りつけたあとの体勢のまま動かない男を力の限りに叩き切った。骨を断ち切る嫌な音がしたあと、彼の忍装束に激しく血液が飛び散った。

「馬鹿野郎、戦場で余所見するんじゃねえ! 死にたいのか!!」

 激しく芯の通った声だった。振り返って叫んださんの表情は今までに見たあの緩み切った顔ではなく、まさしく般若のように厳しかった。この人の本性なのだと刹那に悟る。私が竦んだままユリコの傍に居ると、彼は腹を抑えて片膝をついた。我に返って彼に近寄った。気持ちが悪いほどの血が、破れた布の向こうの鍛えられた体から溢れ出ている。

さん、 さん――! 救護班を、呼んできま」
「いい、この程度でうろたえるな阿呆…火を貸せ」
「ひ…?」
「火種だ、早く!」

 びりり、と空気が痺れた。いつものあの笑いとは違う、本当に腹から出ている声だった。私は慌てて火種を渡す。だがしかしそれをどうする、まさかと私は目を見開いた。じゅう、と血の焼ける気持ちの悪い音と独特の匂いがして、瞬く間にそれが熱を持っていくのが分かった。さっきの男を斬った刀で、この人は、私は思わず彼の顔を見る。

「…見ない方がいいぞ、三木ヱ門」

 ほんの一瞬だけ、笑った気がした。私は反射的に目を背けた。さんは切りつけられた腹部に焼けた刀を押し付け、自ら肉を焼いた。刀でそんなことをするなんて、と私は恐怖に慄く。呻き声が上がるけれどけして悲鳴は上げなかったさんを見ることができない。人の焼ける、火葬の匂いがした。

さん!」

 私は思うよりも早く彼の後ろに回り込み、彼が衝動的に舌を噛み切ることがないようにと、口を塞いでやった。








「生きててよかったなあ三木ヱ門、あっはっは!」
「…」

 結局、私は彼に庇われ、そして彼は自分自身の傷を焼いて接合した。見事に塞がった傷は火傷のようになっているしもう見れたものではない。きっと一生見れないくらいに醜く、痛み続ける傷になるだろう。意識を飛ばしてしまうほどの痛みだと聞いたことがあるが、彼は脂汗を滲ませながらもそれに耐え切ってみせたのだ。なんて酷いくらい精神力の強い人だろう、と思う。きっと楽には死ねないのだろうと、彼の未来を案じた。

「命有っての物だねだろう、笑え三木ヱ門! あっはっはっは、…いつつ」
「…また腹に大穴開きますよ、さん」

 私は、笑った。