「う、うえ」
「三郎! 何してんの!」
「あ、雷蔵」

 ぶわ、と目の周りを真っ赤にして、俺を見上げる瞳が潤んだ瞬間、俺の背後で雷蔵の怒ったような声が聞こえた。現れる頃合だとは思ってたけど。は真っ赤な目元のまま泣きそうな顔をして、俺の横を素早く駆け抜けていく。あ、と声を出す前には思いっきり雷蔵の胸の中に飛び込んでいった。相変わらず子どもっぽいやつ。

「あーほら、大丈夫だよちゃん」
「うえええ雷蔵くーん!」
「うわ、目が真っ赤だ…三郎なにしたの」
「べつにー」

 つまんね、と俺は顔を雷蔵に戻してから頭の後ろで腕を組む。雷蔵の腕の中に居るは、本当に俺と同い年かと疑いたくなるくらい無邪気で子どもっぽい。たまにあの一年は組と混ざって遊んでて一年かと勘違いしそうになるくらい色気もない。絶対に色の授業は成績が悪いに違いない、と勝手に心の中で思って居たりする。それに泣虫だ。

「つーか俺なにもしてないし」
「…顔変えたんじゃないの?」
「あー、変えたかも、ね」
「さ、三郎くんなんて嫌いだあ!」

 そう叫んだかと思えばは、雷蔵にお礼も言わなきゃ俺と目も合わせないまま廊下を駆けていった。ち、逃げやがった。俺がその背中を小さくなるまで見ていると、雷蔵が溜息をついて俺に流し目を送ってくる。

「…で、ちゃんになにしたのさ」
「怪談が苦手だっつーからお岩さんの顔してみた」
「……」

 下らないとでも思っていそうな雷蔵の表情を見て、俺はにやりと口元を上げてみせる。だってあいつ面白いんだぜ、苦手なもんある? っつったら馬鹿正直に答えるし。今までの苦手なもんでずーっとからかってきてやってんのになんでそんな俺にわざわざ言うかね。学習能力が無いっつーのか警戒心が無いっつーのか、ああやっぱ子どもっぽいのか。つっつくとすぐ泣くし、本当に子どもみたいだ。

「…あんま僕の顔で僕の友達いじめないでよね」
「はいはい」

 あいつは図書委員会だから、たぶんまた図書室にでも逃げ込んだんだろう。図書委員の中在家先輩にも気に入られてるから追い出されることもないらしい。この情報も、この前あいつがにこにこしながら話した内容だ。本当に、こんなぽやーっとしたやつがくの一になれるんだろうか。

「あ、そうだ。ねえ、八左ヱ門知らない?」
「え、見てないけど」
「そう。先生からの連絡を預かったんだけど…」

 わざわざ五年ろ組からも長屋からも遠いこんなところまで探しにくるなんて、雷蔵は相変わらずお人よしだ。八左ヱ門といえば生物委員で、また毒虫が脱走してその捕獲にでも追われてるんじゃないだろうか。そういうものには大抵同じ教室の者が巻き込まれるのが日常で、そんなものを手伝わされるなんて真っ平嫌な俺は、さあて図書室に向かおうかと足を廊下に向ける。一歩進むと、背後で雷蔵がろ組の教室に戻るか長屋に向かうかで悩み始めた。

「失礼しまーす」

 返事はない。どうやら中在家先輩は今は席を外しているらしい。図書室の中を見渡してみれば、ところどころ整理しかけの本や返却されたばかりなのか指定の場所に返されていない図書などが見当たる。たぶん、あいつは図書室の奥に居るはずだ。

「…、……」

 ほら、な。どうやら何かの本に夢中らしいは床にべたりと座り込んで、俺の声には気づかなかったらしい。しかも俺から姿が見えるような距離に居るっつーのに無防備に背中を見せて本の世界にのめりこんでいる。本当に五年のくのたまだろうか、こいつは。もしかしたら本当に同い年じゃないのかもしれないとさえ思えてきた。俺は気配と足音を忍ばせて、の背中に近付く。そして、とんっと掌で丸くなっていた背中を軽く叩いた。

「わっ!」(もちろん声もつけるさ)
「うぎゃああああ!」
「…、…ぶ、はははっははは! なにそれ!」

 全くもって予想外の、予想以上の悲鳴に俺は笑い声を上げるしかなかった。もう少し可愛い悲鳴とか控えめの悲鳴とか上げられないもんかねこいつは。ゆっくりと首を後ろに向けて、掠れた声で「さぶろー、くん?」なんて聞いてくるこいつはどうやらほんの少しの理性で俺が雷蔵かもしれないとか思ってるらしい。雷蔵がこんなことしたことあるんだろうか、あったら驚きだね。

「ううん、僕雷蔵」
「うそ、雷蔵くんこんなことしない」
「あ、だよね」
「さ、さぶろ、く」

 目をまあるくさせて数秒間呆けていただったけど、へにゃりと眉を垂れさせて、また目じりをぶわわっと赤くさせた。で、俺は軽く焦った。いつもならこいつが本泣きになる前に雷蔵がこいつを助けに来てくれるけど、今回はたぶん八左ヱ門を探しに図書室の近くには居ないだろう。居たとしても図書室のこんな場所まで入ってくるわけない。
 俺はをからかうのは好きだけど、泣いてるを宥めるのは苦手だ。からかうだけからかって放っておけばいいかとも思うけど、泣いてるを一人で置いていくのも気が引ける。でも泣いてる相手を泣き止ませるのなんてどうやればいいんだ。雷蔵はどうしてたっけか。

「さ、ぶ、…わ」
「あー、泣くなって」

 とりあえず、が雷蔵に抱きつくような形を再現してみる。俺がの腕を引っ張って無理矢理頭を胸に押し付けてる感じだけど、はどうやら驚いたらしくて微動だにしない。ぽんぽん、と頭を撫でてやると、胸元からくぐもった声が聞こえた。笑ってる、のか?

「泣き止んだ?」
「…三郎くん、こうやってちゃんと優しいんだもんなあ」
「は?」
「ごめんね、嫌いなんて嘘だからね」

 まだ少し潤む瞳を細めて、は俺の胸元から顔を上げて微笑んだ。ああもう泣き止んでるな、すぐ泣いてすぐ泣きやむんだからやっぱり子どもっぽすぎる。




 で、なんで俺はこんな子どもっぽいやつが好きなんだろうね。