倉庫のあかり


「倉庫に曲者だと?」

「はい……俺、その、見ちゃったんです……」

 授業も委員会も終わったある夜の始めあたり、六年の長屋にやってきた後輩、三年ろ組の富松作兵衛は、若干顔を青くさせたまま、深刻そうに切り出した。

「昨日の夜。よ、用具倉庫に忘れ物して、取りに戻ったら……」

「取りに、戻ったら」

「け、消したはずの灯りがついてて」

 なに、と、用具委員長の食満の瞳がぎらりと光った。ように見えたのは、話をしっかり聞くために体勢を整えた際に瞳に映りこんだ蝋燭のきらめきだったのだが、富松にはそう見えない。叫びだしそうになる後輩をなだめながら、食満は困ったように眉を下げて笑う。

「灯りが、なあ」

「中を確かめようとしたのですが、近づいたら灯りが消えました」

「気付かれたか」

「たぶん……」

 そして灯りが消えたあとの用具倉庫には、だれも居なかったという。以上の富松の証言を得て、食満は首をひねった。目撃情報のあった用具倉庫は、いくつかある倉庫のうちで一番小さいもので、池に近いことから水遁の術に使う竹筒やらボートやらしかないはずだ。曲者が狙うにしては地味すぎるし、真っ先に目が行く火薬倉庫には先日から一斉点検のせいで人が絶えないから時期が悪い。だが、他の用具倉庫には石火矢やら鉄砲やら手裏剣やらたくさんのものが入っている。もしそれを物色したのちの目撃だったとしたら。いやいや今日の委員会ですべてに不備がなかったことを確かめたばかりのはずだ。

 思考があっちに行きこっちに行き、腕組みをして悩んでみるものの答えは出ない。

「……ええい! 悩んでられるか、曲者退治だ! いくぞ作兵衛!」

「は、はい委員長!」

 そうして、武闘派と自負している食満留三郎が思考するのに焦れて長屋を駆け出すのも、時間の問題だったのだ。

「ふむ」

 一応、もう一度各倉庫を確認してみたが、何一つ欠けちゃいなかった。さて、いよいよ怪しい。竹筒もボートも、特に忍術学園に忍び込んでまで手に入れなければならない貴重品でもない。薄暗い倉庫で、かすかに入る光に鈍く光る手裏剣を眺めながら、食満は思案を巡らせていた。

 どたた、と足音をさせて、富松が倉庫へと駆け込んできた。先輩、と呼ぶ声は小声にできているところ、さすが三年生というべきだ。

「灯りが」

「今日も居るのか」

「どうやら……」

 それを聞くなり、食満は倉庫を飛び出し、足音もなく池方面へと駆け出した。「あ!」声を上げてしまい、あまりの迂闊さに富松が自分の口をふさぐ。だが、ここで置いて行かれてはならないと、慌てて彼も身を翻す。

「せ、せんぱ……」

「しっ」

 確かにさきほど見た通り、倉庫の小窓に小さな灯りが反射して、人の気配がうかがえた。迂闊な曲者め、と食満の口元が戦いの予感を察知してゆるりと上がる。それを横で見ながら怯える富松は、ことんと木のぶつかる音を聞いて、はっとした。もちろんそれを食満が聞き逃すはずもなく、彼はばっと草むらから飛び出す。身を低くして倉庫へと走る姿は、さすがの最上級生。

 その勢いのまま、食満は倉庫の扉を引きあけた。若干勢いをつけすぎて、音を立ててしまう。

「そこまでだ、この曲者!」

「――!」

「どりゃあッ!」

「食満先輩!」

 食満が倉庫の中の曲者へ鉄双節棍を叩き込もうかという瞬間に、灯りを持った富松がようやく追いつき、倉庫を照らす。曲者はぱっとまぶしそうに目を細めたが、それよりも早く体勢を低くし、そんなに広くない倉庫内だというのに高く飛び跳ねた。身を捻りながらの着地と同時に壁に立てかけてあった木刀を引っ掴み、素早く構える。ばき、と標的を見失った鉄双節棍が倉庫の床を踏み抜く音が乾いて聞こえた。

 二度目の攻勢へ転じようとした食満は、身を反転させ、勢いをつけて武器を振り上げた。だが、そこでようやく“気付いて”、驚いたように体全体の勢いを殺そうとする。だが間に合わず、暴れる鉄双節棍は、曲者の木刀によってがきりと受け止められた。

「……」

 お互い動けず、呆けた顔をして、相手の顔を眺める。

「お前……!」

「留三郎か……いきなりなんなんだ、実習なんて聞いてないぞ」

「お前が紛らわしいことするからだ、なんでこんなとこに居るんだ」

 鉄双節棍を弾き返した木刀が傷んだのを見て、眉をしかめている深緑の制服の男は、間違いなく六年い組のだった。富松はあまり接点のない六年生の登場に口を閉ざしたまま動けずにいる。それをちらりと見やってから、は首に手を当てて目を伏せた。

「仙蔵から聞いてないのか?」

「何をだよ」

「授業でボート壊したこと」

「……、はあ!?」

「修理のため中に入ると、鍵を借りに行ったらしいが」

「聞いたか作兵衛」

「いえ」

 結論、が使っていた小さな灯りの下には、板やら釘やらが散乱していた。やすりまでかけているのはありがたいことなのだが、食満はなんだか釈然としない。というよりも、微妙に火をつけられた闘争心がおさまらず、もやもやが募っていた。

「なあ留三郎、手伝ってやろうか」

「……珍しいじゃねえか。なんだって?」

「お前の苛々解消の手伝いだ」

 ことん、と木刀をまた壁にかけると、はぐるりと肩を回した。手首をほぐす仕草のなかで、左手の人差し指に包帯が巻かれているのに気付いて、食満もにやりと笑った。どうやら体を動かしたいのはお互い様というわけだ。黙々とする作業は達成感があり楽しいが、何にでも飽きというものは訪れる。

「相手になってやるって言ってるんだよ」

「よし、相手してやろうじゃねえか! 来い、!」

「俺が相手するんだ、……待てこの!」

「あー……」

 倉庫の外へと出て行ってしまった先輩を二人見送って、富松はぼんやりと立っていた。それから、なんとなく座り込んで、さきほど食満があけた床の穴に板を宛がう。掌をさまよわせて釘を探しながら、ぽつりとつぶやいた。

先輩って、あんな顔もするのかあ」