あなまち


 委員会に属していないというのは、楽そうで意外と面倒である。と、は常々思っていた。例えば徹夜続きの田村三木ヱ門に、例えば疲労困憊の平滝夜叉丸に、いいですねと言われたことがある。気楽なのは確かだが、どこにも所属していないということはどこにでも行かねばならないということでもある。委員会の遣り残し、雑用、面倒ごとは多いのだ。

「綾部喜八郎!」

「……おやまあ。珍しい」

 こうやって、委員会に参加しないやつを見つけると、更に面倒なのだ。思わず掌で右目を覆い、俯き加減に溜息をついた。目の前の無数の穴のひとつから覗く丸い眼は、を視認すると、ぱちりと瞬いた。

「お前、作法委員会はどうした……」

「自主鍛錬中ですので」

「委員会が優先だろう」

「私は穴掘りのほうが好きですから」

 穴に近づき、中の薄汚れた紫色の制服へ手を伸ばす。覗き込んでみると、ふわふわと柔らかい髪にもどっさりと泥が乗っていて、苦笑する。思ったよりも素直に手を掴んだ綾部を引き上げると、爪も手も砂だらけでざらざらしていた。制服も砂埃で、元々の紫色がくすんだように見える。

 ようやく地面に立った綾部は、相変わらずの何を考えているかわからない顔でを眺めていた。利き手に握った踏み鋤を器用にいじくりまわしながらも、大人しく立っている。

「今日の作法は委員会室での活動だ」

「はい、知ってますよ」

「……」

 ならばどうして行かない、と聞けば、穴掘りが好きだからと返ってくるのだろうと容易に想像がついた。こうしてが各委員会の手伝いに回っている間に、委員会に行かない生徒に出くわすことは初めてではない。むしろそれを委員会へ行かせることが多い。だが、こうしての目の前で堂々と拒否の意思を表すのは珍しいことである。

「委員会活動が……嫌いか?」

「いいえ? 特に」

「……出たくないだけなのか」

「今日は穴掘りな気分なので」

 綾部は少ない瞬きで、笑いもせずに言い放つ。それはふざけているわけでもなく、はぐらかそうとしているわけでもなく、綾部が至って真面目なことを知らしめた。ぐぐ、と眉を潜め、は黙ったまま拳を握った。なんと対応すればいいのか分からず、思わず呻きそうになるのを耐えて、綺麗な顔を惜しげもなく汚した穴掘り小僧へと向かい合う。

「あと」

「……」

「あといくつ掘れば気が済む」

「そうですね、あと十個ほど。深ぁいのを」

 わざわざ手で“深ぁい”を表した動作をした綾部は、目の前の上級生の諦めの気配を感じたのか、少しだけ首を傾げた。ぱらぱらと土が落ちるのを見て、は、とうとう観念したように眉を下げる。微かな息をもらして、緑色の制服は身を翻すと、さきほど綾部が出てきた穴の傍らの岩に腰掛けた。立ち去らないその行動に、綾部の不思議そうな視線が刺さる。

「俺を気にせず、掘ってくれ」

「……待つんですか?」

「……委員会室に届けないと気がすまない気がしてな」

 もはや妙な意地を張っているようにしか見えないが、言い切ったは岩に体重を預けたまま腕組みをした。そして綾部に視線を送り、“やりたいこと”をしろと促す。少し面食らったような表情をみせた綾部は、そのまま何も言わず地面に踏み鋤を突き立てた。がちり、地中の石にぶつかり音が立つ。

「先輩は」

「……」

先輩は、意外と面倒な人なんですね」

「ああ」

 土を掘り返す音と、踏み鋤の先が石を削ってしまう音だけが背景だった。十個の一人用塹壕を掘るのに、交わした言葉は両手で数えるほどだけだった。両者ともに、なんだか時間の流れが遅いように感じたが、意外と早かったのかも分からない。

「そうだ、先輩」

「どうした」

「私は小さくないので、塹壕は一人で上がれますよ」

 そう言いながら、十個目を掘りきった綾部は、差し出された上級生の手を掴んだのだった。