「男に生まれてたら私絶対モテてたと思うんだよね」
突拍子もない言葉に、私は差し出すグラスの中身を揺らすぐらい笑ってしまった。波打つ赤ワインに「やだやめてよ!」と言う東海林は慌てたように手を伸ばしてくる。細くて華奢な手。紛れもなく女性の手だ。
「ごめん、でもあんまり変なこと言うから」
「変なことお?」
「東海林が男ならって」
「私は本気」
ダイニングチェアに腰を落ち着けた東海林は、目力を強めて私を見つめてきた。ワイン三杯目の気分がよくなってきた頃の目だ。
それじゃあセールスポイントを聞かせて、と私は簡単に用意したカプレーゼの皿を引き寄せる。東海林は生ハムを噛み締めながら、とくと聞け、なんて見得を切った。
「まず、優しい」
「んん」
「そこ微妙な顔しない!」
「してない、はい、張り切って続き」
「ねえ雑、ざーつー!」
東海林はテーブルをぺちぺち叩きながら愚図る。彼女が拗ねた口に放り込む生ハム、それがイタリア直輸入の原木から切り出したものだと知ったらもっと大事に食べてくれるだろうか。言わないけど。
「あとすごくマメ、私めっちゃマメに連絡取るよ。寂しくさせない」
「うん、それで?」
「いいお店のストックを貯めといていつも飽きさせない」
「うん」
「背が高い女の子がヒール履いてても何にも言わないし」
「うん」
「それから」
それから? 水を向けた声が金魚の尾のように空気を掻いて跳ねる。私はただ彼女の話したいことを聞くだけで、聞き返したりしない。どうしてそんな話を、なんて、分かりきった話だから。
「でもねえ、東海林」
「なによぉ」
「私、東海林が男だったら仲良くなってない気がする」
「なんで」
三連符みたいに早口だった。これ以上ないってくらい非難の目をしている。
「好みのタイプじゃないから」
「じゃあどんなのがいいの」
「優しくて包容力がある大人の年上男性」
「あるじゃん! 包容力!」
グラスをテーブルに置いて、ばっと腕を広げる東海林。包容力の表現なのか顎を天井に向けているので、まるでフィギュアスケーターの決めポーズみたいだ。テーブルごしに雑なエアハグを返すと、東海林はぐでんと軟体動物みたいに崩れ落ちた。敷いた腕に頭が沈み込む。
「世の中のいい男はもう絶滅したのか」
「居るよ、居る居る。たぶんね」
「無責任」
「面倒くさいなあ」
モッツァレラチーズだけ選ってフォークに刺しながら、もし私が男なら、そりゃあモテたろうなと思った。金曜日の夜も更けた頃にアポもなく現れた友達を招き入れ、泊まっていけばと華奢なヒールを履いて歩いてきた足にむくみ防止靴下を貸すし、手土産と言った高価そうなワインに合うつまみだって用意してあげる。
でも、きっと東海林のタイプじゃない。
「もう、なんか見よ。映画とか見よ、ねえいいでしょ」
「好きなの入れなよ」
のろのろ椅子から立ち上がった東海林はラックに並んだタイトルを眺めて、細い背をちょっと丸めている。
ヒトの中身を見るのが得意な東海林でも、私が考えている友達甲斐のない空想を知ることはないんだなと思うとなんだか不思議に思えた。いまここで死んだらきっと、私の一生を紐解くなんてわけないことだろうに。
「あった、これ、これがいい」
東海林は振り返って、手にしたパッケージのジョン・マクレーンと同じポーズをして笑った。