※ニューダンガンロンパV3ネタバレ
人間がパズルだとしたら、彼と彼女は恐ろしいくらいしっくり噛み合っただろうという確信めいた希望があった。もっと二人に時間があれば、世界中に散らばった人間を適当にひと掴み持ってきて地獄の鍋で煮込みました、という状況でなければ、かけがえのない何かが芽生える可能性もあったはずだった。そんな甘い夢を見たくなるほど、なぜだか自分でもわからないくらい、天海蘭太郎はあの女の子のことがずっと気になっていた。
手元の画面ではモノクマが大笑いしながら今回のゲームの終了を宣言している。
ほんの少し前、最後の学級裁判が幕を閉じた。亡くした仲間たちの残した傷、遺した希望、手元にある全てをかき集めてたどり着いた終わりがここだった。夢見た大団円は最初からどこにも存在しなかった。『現実』は、それを許さなかった。
「それにしても、キミったら物好きだよねえ」
学級裁判の場に一人で佇んでいた天海蘭太郎は、耳障りな濁声のするほうへ顔を上向けた。この場の支配者といった風に上段からこちらを見下ろしているモノクロのクマ型ぬいぐるみ。笑い、怒り、泣き、喜ぶ。まるで生き物のように振る舞うこの世界の代理人。
「うぷぷ。せっかく生き残れたかもしれないっていうのに、なにを好き好んでもう一回なんて言うんだよ。もしかして……天海くんったらそういうシュミ? やっぱり冒険家ってスリルを追い求めちゃうタチなの?」
「面白くないっすね」
「わあ、つまんないの。まあもう撮れ高気にする必要もないんだけどさ」
わざとらしいため息と肩をすくめる仕草。モノクマは予備動作なしに跳躍して、天海の目の前に着地した。ぬいぐるみとは思えない重量感と揺れ。
「じゃ、行こっか」
これから新たな地獄の門を開くにしては、あまりに緊張感のない口調だった。天海は逡巡ののち、これで最後と言わんばかりにぐるりと学級裁判の大広間を見渡した。十六個の席。掲げられた顔写真と顔を塗りつぶす悪趣味な蛍光ピンク。ひと目見たらなかなか忘れられそうにない強烈な面々、まだ声だって思い出せる。
ずらりと並んだ顔の行列のなか、とある一つでぴたりと視点が止まる。そこに掲げられた顔写真には大きくバツ印が打たれていた。たぶん学生証に貼られていたんだろうな、という感じの凛とした視線は、そう、いつもあんなまっすぐな目で天海を見ていた。
――私のこと、信用しないで。
思い返せば、彼女は初日からずっと浮いていた。
誰もが皆、この異常な状況に怯えていた。誰が味方で何が敵なのか、信じるべきか信じざるべきか。誰もが手探りに自分以外を値踏みしている中で、彼女は激流の中に浮いている笹舟のような所在なさを背負いながら、そう言い放った。
誰かは言った。そんなこと言わないで、全員で団結してここから出よう。
誰かは言った。ああそのつもりだ、誰ひとり信用する気はない。
天海は言った。「どうして俺の顔をじっと見てるんすか?」
「私、人の顔と名前を一致させるの苦手なの」
「ああ、全員初対面っすもんね。俺は天海蘭太郎っす」
「……天海蘭太郎」
唱えるように言って、彼女は天海の目を覗き込んだ。身長差もあって上目遣いになる角度。態度は大人びて感じたのに、こうして見てみると意外と幼さが残っているんだなという気づきがあった。同い年のかわいい女の子に見つめられているというのに、自分でもどうかと思うくらい鼓動は大人しいままだった。
自己申告通り、彼女は本当に人の顔と名前を一致させるのが苦手のようだった。漏れ聞こえる話を聞く限り、どうも外国暮らしが長くて日本の姓名に対する許容量が低いらしい。天海は何回かアミバになったりテンカイになったりクリィミーマミになったりしたが、比較的早く「天海くん」と呼んでもらえるようになった。
十六人の中でも団結を謳っていた中心人物が果敢に話しかけにいっては絶妙に違う名前で呼ばれ続けているのを見た。名前を覚えるのを諦めたのか、超高校級の称号のほうで呼ばれることになった人も居た。常軌を逸したあの学級裁判が始まったときですら、彼女は目撃証言で決定的に人の名前を言い間違え、全員の命がかかった初めての裁判を弩級の混乱の底に叩き込み、そしてそれが最終的には無事に仲間をひとり地獄に送り込む決定打となったりもした。
彼女は人間というものをよく見ていたが、その代わり、その人間に細かくラベリングすることが不得手だった。「あのとき技術室に入っていったのは背が高くて髪の長いあの人」そう言って、今回の被害者の彼の写真を指さしたのは二度目の学級裁判でのことだった。
「つまり、今回の事件って……じ、事故死ってことぉ……?」
「お前、お前じゃないのか! 毎度毎度都合よく目撃証言出してきやがって! 言ってたよな、自分のことを信用するなって!」
「やめなよ! ここまで状況証拠が揃ってて、土壇場になって彼女を犯人扱いした挙句に全滅したらどうするんだ」
紛糾する場にわんわんと響き渡る怒声。怯えて泣き始める生徒。ゲラゲラ笑って手を叩いて喜んでいるモノクマ。
「私のことは信用しなくていいけど、誓って言う。私じゃない」
「じゃあこの場で名乗ってみろよ! お前は超高校級のなんなんだ!」
しん、と裁判場は静まり返った。
叫んだ男子生徒がふうふうと息を整える間、彼女は身じろぎせず、じいっと正面を見ていた。対面に居るせいで、天海はまるで自分が見られているようだと思った。
「私は……」
初めて、彼女の声が弱った。
「時間がないっすよ」
天海の隣で、声を出すために大きく息を吸っていた中心人物の彼が目を丸くしているのがわかった。天海だって驚いた。ここで彼女の肩を持つことに何の利もない。ただ、なんとなく、どうしようもなく衝動的に、口が勝手に動いていた。
結局、その場はモノクマのアシストもあって投票フェイズに移り、今回の被害者の彼は自ら設計開発したロボットの落下事故に巻き込まれただけの悲劇だったという事実が明るみになることとなった。
彼女は自分の才能を意図的に伏せていた。それが結果的に不和を招くとわかっていただろうに、彼女は頑なに追求を避け続けてきた。
「思い出せない?」
二回目の学級裁判を終えた翌日。重苦しい空気を裂き、やっぱり凛とした表情で彼女は全員をテラスに集めて告白した。これ以上は避けきれない、あるいはもうどうにもならないという諦めだったのかもしれない。遅かったのか早かったのか、誰にも判断がつかなかった。
「私はここで目覚めてからずっと、自分が何者かわからない」
「じゃあ、自分の過去についてはどうなんすか?」
「これまでどんな人生を送ってきたかはわかるけど、自分の才能に関してはなにも覚えてないの。だから、私は自分自身が信用できない。自分で信じられないものを誰かに信用してもらおうなんて、そんな恐ろしいことできない。だから私を信用しないで」
彼女はぎゅうとスカートの裾を握りしめ、それでも視線を彷徨わせずに言った。
「……でも、私はみんなの敵じゃない」
はっきりと言った声に揺らぎはなかった。冒険家として世界各地を都会から秘境まで渡り歩き、数えきれないほどの人間と対話してきた天海には、それが偽りであるとはまるで思えなかった。
そんな劇的な告白を経ても、彼女はやっぱり浮いていた。
彼女がよるべのない立ち位置であるとわかって優しく接する女子も居たし、ほらみろやっぱり得体の知れない女じゃないかと鬼の首をとったように言う男子も居た。それでもずっと見えない壁のようなものを作っていた彼女も、自分の正体がわからないという決定的な弱みを暴露したことで少し雰囲気が柔らかくなったような気がした。
「冒険って、楽しい?」
なんの気なしに回したモノモノマシーンから出てきたアストロケーキを半分に切り分ける彼女の指先はきれいだ。きっちり二等分されたケーキが片方天海の前に差し出されて、天海はそれと交換とばかりに湯気を上げる紅茶のカップを彼女のほうへ滑らせた。
「楽しいんだと思うっすよ。もうライフワークみたいなもんなんで、うまく言えないっすけど」
「そうなんだ。私はあんまり旅にいい思い出がなくて」
「ないんすか? 機会がなかったとか?」
「うん。機会もそんなになかったし、数少ない思い出もよくないことばっかり。川に落ちたり、人混みに流されたり、サソリに襲われかけたこともあったかな」
「ああ……異国情緒ある危機ばっかっすね」
天海と彼女は、つかず離れずのまま変わらなかった。
初対面のときから同じように、用事があれば探すし、顔を合わせれば話す。それでも誰かと喋りたいときに暇つぶしの相手として候補の上のほうに挙がるような、まるで以前から同じ場所に居たことがあるような、パズルのピースのカーブが近しい気のする、そういう『友達』。
「いつか天海くんのガイドで旅するのも楽しそう」
「いいっすね。俺の歩き方だと旅っつーか冒険なんで荒っぽいかもっすけど」
「置いていかないでね。困るから」
「当たり前じゃないっすか」
麗かな午後、エグイサルがどこかで轟音を立てて何かを整備している気配さえなければすばらしいティータイムだった。向かい合って座るテラスのテーブルには木々の影の網がかかり、時折吹き抜ける風は豊かな緑と土の匂いを運んでくる。
――初回探索時には緑なんてなかったはずの無機質な箱庭が、不気味に形を変えている証拠でもあった。
三度目の殺人は、家庭科室の火災によって齎された。知識全てを逆手に取った消防士の犯行によるものだった。彼はこの世全てに対する浄化の火に救いを求めて業火に身を投じたが、救いは強力な水流によってかき消され、その場に突っ込んできたポンプ車によって無惨に轢き潰されることとなった。
四度目の殺人は、まるで美しい棋譜を見るように計算しつくされた手口だった。ひとつひとつ整理していくことで最終的に自らの犯行だという結論に繋がるところまでがシナリオだと棋士は言い、用意されたロボットとの対局で肉薄したところにちゃぶ台返しで水をさされた絶望の中で死に至った。
ひとり、ふたり、さんにん。
彼女に優しくしてくれた女子が消え、彼女を蛇蝎のように嫌った男子も居なくなった。
空席が目立つようになったテラスで、彼女は傷ついたモノパッドをじいっと睨んでいた。
「さ、まずはビデオ撮影から行こっか。そこのベッドに腰掛けて、名前と年齢と職業をはりきってドウゾー!」
モノクマの面白くない冗談が響き渡った。天海は反応もせず、連れてこられた部屋を眺めた。物々しい器具が並び、居るだけで息苦しくなるように精神的影響までも考慮されて作られたような悪意に満ちた部屋。
――彼女の研究教室だった。
「あれあれ、緊張してるの? こういうのハジメテ? 大丈夫大丈夫、そういう初々しいのがウケるからリラックスして」
「モノクマ。この研究教室、あの子も来たことあるんすか?」
この研究教室は、第五の殺人が発生してから解放されたフロアに位置していた。第五の殺人。つまり、彼女が殺されたあとだった。
それは唐突だった。
「天海くん。この期に及んでと罵られてもしょうがないんだけど、明日、みんなを集めて話したいことがあるの」
そう言っていた彼女は、翌朝テラスで首を吊っていた。
ごめんなさい、と書かれたメモが足元に落ちていた。間違いなく彼女の筆跡だった。もちろん残された数少ない超高校級たちは大いに驚き、悲しみ、そして疑問を抱いた。『なぜ今だったのか?』
いつも議論を引っ張る彼が言った。彼女は自殺なんてしない。
いつも気弱に泣いていた彼女が言った。昨日すごく思い詰めた顔で歩いてたのを見た。
いつも彼女を見ていた天海が言った。「……モノパッドはどこっすか?」
彼女は片時もモノパッドを手放さなかった。もちろん『校則』に関わることだったから誰もが持っているものではあったが、彼女はそれ以上だった。天海と話すときも常に傍らに置いているから、徐々に細かい擦り傷が増えていくのがよくわかったくらいである。
「モノパッド? それなら、これじゃないのか」
ぐったりとした彼女の体を全員で手際良く下ろした。誰も彼も、死体というものに慣れ切ってしまっていた。細い首には縄の痕が青黒く残り、その下には大きな古傷が白く浮かび上がっていた。
彼女の足元、メモを留め置くように配置されていたのは見慣れたモノパッドだった。立ち上げると画面には彼女の名前と顔写真が浮かび上がる。彼女のものであることは間違いない。
「いや、それじゃないっすよ」
「え?」
「だってそれ、新品同然っすよね。この子のモノパッドって、もっと傷ついてたはずっす。見たことないすか? ほら、端の方とかすごく目立つ傷が入っちゃってたの、俺と一緒に話題にしたっすよね」
は、と頼りになる彼の表情が変わった。つい先日、彼女が抱えているモノパッドにまるで栄養ドリンクのデザインになれそうな三本の傷が入っているのを見て「そんなに傷つくことあるか?」と呆れ半分に笑ったのは記憶に新しかったからだった。
テラスにも、探索範囲にも、謝罪の言葉が書かれたメモが散乱した彼女の部屋にも、傷ついたモノパッドはなかった。
「つまり、彼女はモノパッドを……二つ持っていた?」
「な、な、なんのためにですかぁ……?」
「わからないっすけど、それが今日の彼女の話に関係してるのは間違いないっすよ」
そして、それを阻止したい何者かにモノパッドは奪われ、彼女は死んだのか?
そもそも彼女は何者だったのか? このコロシアイを裏で操る首謀者だったのでは? 良心の呵責に耐えきれずに自殺を? しかし首謀者が死んだとして、コロシアイが続いている理由は? 「そもそも首謀者って居るの?」モノクマの茶々。哄笑。曖昧模糊、五里霧中。
「いいや? 今の彼女はここが解放される前に死んじゃったから、見たこともないんじゃない? もちろん、ホラ、キミと同じく『前の彼女』はここでまったく同じことをしたけどね」
そうっすか、と天海は喉だけで声を絞り出した。
彼女はどんな気持ちで首を吊られたのだろう。生存者特典のモノパッドによって知った理科室の隠し部屋から出てきたところを目撃され、言い訳もできずその場で昏倒させられて裏切り者と罵られながら生きたまま吊られて殺された彼女は。
「じゃあもう一個いいすか」
「んもう、出血大サービスだからねッ! これで最後だよ。ちなみに、これは円盤特典の映像になるからちゃんと質問選んでよね。賢明な天海クンなら大丈夫だと思うけど――」
「彼女の首の傷、あれって小さいときに裁ち鋏で出来た傷とかだったりするっすか」
モノクマが、ぴたりと言葉を止めた。
「……最後の質問がそれでいいのー? もっとあれこれ聞いたっていいんだよ。いまさっき外に出て行った彼の今の様子だっていいし、彼女の死に際の言葉だって教えたげる。今さらそんな細かいところ気にしなくったっていいんじゃない?」
「昔、まだ小さいとき、家の中で鋏が降ってきて、庇われたことがあったっす」
自分より背の高い棚にぶつかって、キラリと視界の上で光ったものがあった。知らなかったのだ、まさか研いだばかりの大きな鋏が置いてあったことなんて。
そのとき、自分を押すように飛び込んできた女の子が居た。庇ったつもりはなかったのかもしれない。いつも通り、ただ懐いている相手に飛びついてきただけ。だとしても、受けるべきだった傷は彼女の首に深々と残された。
「かわいい子だったっすよ。ちょうどあんな色の目をした、俺と年子の……」
天海は目を伏せて、おどろおどろしい床に視線を落とした。
まるで以前から同じ場所に居たことがあるような、パズルのピースのカーブが近しい気のする、そういう『――』。「置いていかないでね。困るから」「当たり前じゃないっすか」
「…………妹だったんすか?」
その問いは、想像以上に重く響いた。口に出してから初めて後悔した。この胸にある感情がなんなのか、天海にはうまく理解できなかった。もしかしたら友情、ひょっとしたら同情、あるいは親愛、そうでなければ。
フリーズしていたモノクマが、まるでたった今レスポンスを入力されたように、突然口を開いた。
「ナイショでーす!!」
天海は唇を歪めて笑い、足元のモノクマを蹴飛ばしたくなる衝動を抑えながら目をすがめた。
「……ここにきてそれは、なしじゃないんすか?」
「んもーわかってよ、お上の決めたことなの! ボクらだってスポンサーには敵わないの! さすがに叩かれた過去シリーズみたいにヨスガられると困るんで、そういうところは可能性を残して明るみにしないのが方針なんだから、なんのためにさっき別の質問に変えようとしたのか察してよね! ていうかこんなの使えないよ、特典映像の企画会議からやり直しだよ! 次シリーズがすぐ始まるってんでこっちは忙しいのに!」
モノクマは怒りのままそう捲し立てて、すさまじい勢いで天海をソファに放り込んだ。スプリングが軋んで天海の体が跳ねた。巨大スクリーンをバックにする格好。ハンディカメラを目の前にした天海は、その映像を映し出した画面を見て乾いた笑いを漏らした。ああ、確かに、『前の彼女』もここで映像を撮ったんだろう。笑えるくらいまったく同じ画角だった。
「次って、今回が52だから、53っすか。はは、想像もつかないっすね」
「なに他人事みたいな反応してんの、キミも参加するんだよ」
そうっすね。呟いた声はからからだった。五十一回目と五十二回目に参加した彼女と同じく、天海は五十二回目から五十三回目にかけて『出演』することになる。彼女は情報共有のタイミングを見誤り、最後の最後まで情報を抱えたまま退場した。次の天海蘭太郎はどうだろう。正しく狂言回しとして立ち回ることができるだろうか。
「じゃあさっさと撮ろっか。伝えるべきことはここにまとめておいたから、次の天海クンに伝わるよういい感じにお願いね!」
「これが生存者特典になるんすね」
「うん。それじゃ、よーい!」
モノクマがどこから持ち出したのかシルクハットを被り、どこか懐かしいフィルム式上映機をカタカタと回し始めた。壁に映し出された映像がカウントを刻み始める。三、二、一。
「――やあ、どうも。今更、名乗る必要はないっすよね?」
映像の彼女は、やっぱり見知ったあの凛とした眼差しで画面の向こうの誰かをじいっと見ていた。伝えるべきことを伝え終わると、ふと何か喋ろうと唇を開いて、すぐに悲しそうな目をして何も言わないまま録画を切った。
あのとき彼女は何を言おうとしたのだろう? 応援? 後悔? 今となっては本当に意味のないことを考えて、それから、天海は『次の誰か』に向けてゆっくり口を開いた。
「最後にこれだけは言っておきたいんすけど……」
人間がパズルだとしたら、彼と彼女は恐ろしいくらいしっくり噛み合っただろうという確信めいた希望があった。もっと二人に時間があれば、世界中に散らばった人間を適当にひと掴み持ってきて地獄の鍋で煮込みました、という状況でなければ、かけがえのない何かが芽生える可能性もあったはずだった。そんな甘い夢を見たくなるほど、なぜだか自分でもわからないくらい、天海蘭太郎はあの女の子のことがずっと気になっていた。
次が。
次があれば。
もし、違う『次』があれば――。
なぜか、目が離せなかった。
「どうして俺の顔をじっと見てるんすか?」
さすがに見すぎたのか、彼がこちらに気づいてしまった。そう問われると答えに困って、変に思われないようにそれらしい理由を告げた。もちろん嘘ではない。十五人も居るのだ、すぐに一致させられそうになかった。
「ああ、全員初対面っすもんね。俺は天海蘭太郎っす」
「……天海蘭太郎」
あまみ。なんだか、いい響きだと思った。
「それにしても、なんなんだろうね。恋愛観察バラエティのキャストとか言ってたけど」
「なんか知らないうちに、面倒なことに巻き込まれたって感じっすね」
「まあ、十日間だっていうし、久々の連休だと思えばいいかも」
「あ、連休。いい考えっすね」
ふふ、と喉で低い声が笑う。
背の高い彼を見上げて目の奥を覗く格好になる。見上げる角度になぜか安心感を覚えて、しばらく黙って彼の瞳を見ていた。
「じゃああっちにテラスがあったんで、親睦会がてら、みんなでお茶でも飲まないっすか?」
「あはは、うん。喜んで」
自然と差し出された手を取って、つられるように笑った。
繋いだ手は、なぜだかしっくりと噛み合っている気がした。