※GOD EATER×血界戦線
あの日、初めて彼女と会った日、僕は震えを抑えきれなかった。
彼女は身の丈ほどもある美しくも精密な機械じかけの剣を振るい、上下で分断された異界人の噴く血の中で、轟然とそこに在った。すらりと伸びた手足は華奢な印象すら与えるのに、妙に迫力がある。
頭から引っかぶった血で全身を濡らして、ゆらりと幽鬼のように僕らを振り返る姿に、無意識に足が半歩下がった。
「下がってろ、レオ」
そんな僕の肩を押して、もう一歩下がらせる人。ザップさんだ。
「テメー、なにモンだ。見慣れねえ獲物だな」
割れたまま補修もされないアスファルトのヒビに、異界人の血がうねって吸い込まれていく。甲高く耳障りな声で呻く異界人は、なんと分割されても生きているらしい。さすがエンジェルスケイル亜種を摂取した実験体である。
少し前にこのヘルサレムズ・ロットを騒がせたあのエンジェルスケイルを自己流で復活させようとしている阿呆がいるという噂がどうやらマジらしいと知って、地下倉庫にカチコミをかけたのが一時間前。首謀者を捕らえることには成功したものの、ほぼ出来上がっていたAS亜種を打ち込まれた異界人らがモンスター化し、天井を突き破って逃走したのが二十分前。地表に出て人を襲い始めたそれらを掃討するため手分けして、マーカーをつけておいた一体をザップさんと追い始めたのが十分前。
そして、彼女がその一体を追ってきた僕らの目の前で軽々と異形を屠ったのが、今だ。
「所属は」
「は?」
「私はフェンリル極東支部の、通信機器が故障していて連絡ができないの。早く支部に帰投して、新種を発見して交戦したことを報告して」
フェンリル? 極東支部?
聞きなれない単語に、僕とザップさんは戸惑う。というかザップさんは僕を振り返り、完全に人をナメくさった顔をして人差し指で自分の頭を二度叩いた。
「ここは危険なの、一般人は下がってなさいッ」
「ぶは」
切羽詰まった声色の彼女とは裏腹に、とうとうザップさんが危機感のない声で噴きだした。げらげら笑う銀色猿の代わりに、僕の胆がつぶれた。僕らへの流し目が鋭利な物へと研ぎ澄まされていく。それと呼応するように、彼女の剣がうねった。気がした。
“眼”を通して見るそれは、はっきり言って異様だった。赤黒いオーラをまとう大ぶりの剣は、持ち主とぴったりのタイミングで、『呼吸』していた。鼓動を打っていた。あれは明らかに――『生きている』。
次に彼女が何かを言うより前に、ザップさんが身を低くして駆け出す。そして彼女の足もとでうっとうしく叫んで暴れていた上半身を肉塊にし、燃やし尽くした。
一瞬の出来事だった。一連のそれは僕の目だから追えた動きだと思ったのに、彼女はザップさんが血法を発動させた瞬間、たしかに身構えて飛び退いていた。その反応速度は控えめに言って常人のものではない。
「……何者、どうして腕輪もなしに」
「そりゃこっちの台詞だ、ンなデカいもん持ち歩いてんじゃねーよ」
胡乱な目をしていた彼女が、ふと目を見開き、ザップさんを眺める。上から下まで、穴が開くほど、じいっと、品定めをするみたいに。
「んだよ、見てんなよ金取るぞ」
「……別人。そう、腕輪もない。それに、彼はこんなに下品じゃない」
「訳わからんけどすげームカついた、泣かすぞこの女!」
「とにかく、ここはいったい」
「おいコラ!」
「ちょっとザップさん、落ちつい」
ぞわ。駆け上がる悪寒に、息が詰まった。
背後に何か居る、と気づいたのは、後ろから大きな影が覆いかぶさってきたからだった。反射的に振り返ろうとしてしまう体。背後のそれが視界に入ってくる前に、ぴたん、と肩口になにかが滴り落ちてきた。どことなく生臭く、粘着質な赤が、二滴・三滴と服に染みていく。
何百年も雨風に耐えてきた巨木のような腕と、黄色く濁った眼。白濁と赤を噴く口元に、にちゃりとした笑い。徐々に視界に入ってくるそれに、悲鳴が喉で潰れた。
「あぐッ」
喉元を掴まれ、そのままクレーンの貨物のように引き上げられる。そのまま大きく振り上げられ、ああまずい、このままじゃ大ホームラン間違いなし。肩のソニックがちゃんと居ないことを確認し、ぎゅっと目を瞑ったとき、機銃やマシンガンを至近距離でぶっ放されたような轟音と共に目の前が真っ赤に染まった。
「伏せてッ!」
伏せてと言われても、その瞬間の僕はちょうど腕から解放されて肩から地面に叩きつけられたところだったので、つまり何もしないことが正解だった。頭を抱えて身を伏せると、連射音と溺れた動物のような絶叫とが折り重なって耳に飛び込んできた。
それらが静かになったのは、五秒後だったろうか。ザップさんが名前を呼びながら肩を揺さぶってくるので、恐る恐る目を開けると、「生きてっか」なんて聞いてくるので、あやふやに頷く。
ざり、と瓦礫を蹴る音がしたかと思えば、例の彼女が僕を見下ろしていた。綺麗な髪だというのに、頭から血を浴びているせいで前髪が額にくっつき、鬱陶しそうだ。
「ユーバーセンスもジャミングされてるみたいで気持ち悪い、何体居るの」
じゃご、とまるで工場の巨大な歯車が駆動するような音を立てて、彼女が持っていた“硝煙を噴く巨砲”が“巨大な刃”へ“変形”する。変形する。変形、した。
ザップさんへ視線を移す。僕と同じように歩くツチノコを見つけたような顔で彼女の獲物を見ていた。
「それじゃあ、通信機器のある場所に心当たりは――」
「お、おいちょっと待てよ、なんだよそれ、ビックリドッキリメカかよ!」
「変な名前つけないで、神機よ」
「ジンキ? つーか、お前も血法使いなのか?」
「ケッポウ? そういえば、あなたさっきの赤い刀は……」
ふと、彼女の言葉が途切れる。視線の先を追えば、別の人影が僕らを覗き込んでいた。まさしく山のような巨体の男と、すらっと細長いスーツの男だった。
「悪い、一匹そっちに向かったと思ったんだが……これはいったいどういうことだ?」
「彼女は? 怪我をしているのか?」
二人の視線は、へたり込んだ僕と血まみれの彼女に注がれる。見ず知らずの女性を見るには鋭い視線のスティーブンさんに気づいてか、彼女は両手を挙げ、武器を手離す。すぐそばに、ずしんとした衝撃。
「あなた方が上官ね、私はフェンリル極東支部の、敵意はない。怪我はしてないけど、よければ通信機を貸してくれないかしら」
同日、ライブラ執務室。
執務室に着いた途端、すぐにでも連絡を取りたがった彼女をギルベルトさんが言葉巧みになだめすかしてシャワールームに突っ込んだあと、湯気をあげる彼女が衆人の目のある中、五か所ほどに電波を投げた。
「つまり、君はフェンリルという組織で異形を退治するゴッドイーターだったと」
「そう。人類はアラガミに捕食され、その人口を激減させた……アメリカと呼ばれた国でさえ例外でなく、支部機能が維持できない程度に壊滅したはず」
「だが、ここは確かに紐育だった、元だがね。ヘルサレムズ・ロットなんてのは聞いたこともない?」
「ない。それに、アラガミを知らないなんて、ありえない。そんなこと」
そのどれもが通信不能だった。
「様。少々よろしいですか」
「ギルベルト?」
「ええ、どうぞ」
「お預かりした衣服ですが、素材についてお伺いしたいことがあります。タグもなく、ナイロンのようにもお見受けしますが、少々通常のものとは違うようで」
「強化アラミド繊維と強化ガラス繊維」
「……ガラス繊維を服に仕込んでるっていうのか?」
「ゴッドイーターは人より頑丈だけど、服はそうじゃないから。それに、強化ガラス繊維は、柔らかい」
ガラス繊維はプラスチックに加工される材料で、つまりカーボンの元だ。見る限りただの衣服だと思ったが、まさかそんなものでできていたとは。というか、そもそもスティーブンさんの反応はそんな素材で服が作られていることに対する驚きだったので柔らかさ云々の話ではない気がするが、もしかして今のはまじめな顔をしていたせいで反応しそこねたジョークだったのでは?
笑うタイミングを逸した僕らの眼前で、クラウスさんとアイコンタクトをしたスティーブンさんが、ひとつ咳払いをする。
「我々の知らないアラガミ、フェンリル、神機、ゴッドイーター。そして君の知らないヘルサレムズ・ロット、異界人。これらのことから考えられる可能性はひとつ」
「……くん。君もまた、こことは違う“異界”の人間であるということだ」
ばかな。彼女の唇がそう動いた気がしたが、彼女は確かにそこに居るし、髪から落ちた水滴は、ぽたりと肩口を濡らしていた。