「あ、。起きたのか」
リビングのソファで寝そべっていたは、少し離れた隙に目を覚ましたらしく、窓のそばのスツールに腰掛けていた。暗い金髪が日の光でぼんやりと輪郭をぼやけさせる。
ああ、なんておざなりな返事をしたは、俺をほんのちらっと見ただけで、すぐに視線を自分の手に戻してしまった。日に透かしても血の色が見えない輝く左腕は、もうすっかり肘の付け根まで透き通っていた。
街中で急に受けたスタンド攻撃だった。人混みに紛れるのが都合のよいと同じく、相手もまた人混みに乗じて彼に接近し、攻撃をしかけ、なんと逃げ仰せたらしい。現在もリーダーが追っているが、それでものことが心配じゃないわけない。俺の大事な兄貴分だ。
「右腕、いまどこらへん?」
「このへん」
「手首かあ……そろそろカップも危ないかもね、そしたら俺が手ずからに飲ませてあげるよ。いい考えだろ」
「メローネ、楽しんでるだろ」
「まさか! ほんのちょっとだけさ」
この野郎、と呟いたは、言葉とは裏腹に穏やかに笑っていた。
身体が結晶化するスタンド。しかも末端からじわじわと進行していくタイプだ。俺たちの中でも指先を使う繊細な作業の多いにはとくに死活問題だった。その上、結晶化した肉体は動かせるものの、脆い。どの程度の負荷なら耐えられるのか、手探りだった。
「まあとりあえずなんか飲もう。何がいい? 水に炭酸、ホルマジオ秘蔵のワインもあるぜ」
「秘蔵ワイン……って言いてーけど酒って気分じゃあねえな。じゃあええと、あの、あれ。苦い方」
「カッフェだね」
かっふぇ、と、はまるで初めて聞いた言葉のように口の中で転がした。かっふぇ、かっふぇ。ガキが好きな飴玉を舌で転がすくらい丁寧な発音。そんな新発見のような反応をされると、俺はたまに言葉を無くす。だって、たかがカッフェだ。
しかし、比喩でもなんでもなく、言葉を「失くしている」のはの方だった。
「。カッフェが入るまで室内にあるものの名前挙げるゲームでもしようぜ。アンタが負けたら俺にケーキでも買うんだ」
「ガキかよ」
「じゃあ、ソファ」
「ん、テーブル」
「スツール」
「ラジオ」
一昨昨日は四十を超えていた。昨日は三十と少しでつまづき始めた。今日は、果たしていくつで口ごもりはじめるだろう。いつも歯切れよく明瞭な口振りの兄貴分が口をもごつかせるのは新鮮だが、慣れないので早く治ればいい。
スツールに腰掛けたの影が、腕の部分だけきれいに澄みきって揺れていた。
(は体が指先から結晶化してゆく病気です。進行するとひとつひとつ言葉を忘れてゆきます。魚の涙が薬になります。 )