クチーナに立つ俺を見つけて、はちょっと驚いたみたいだった。カッフェでも飲みたいのかと思ってマキネッタを用意しようとすると止められる。冷蔵庫から冷えたガス入りのミネラルウォーターを取り出して一口煽ったは、「なに、魚?」と相変わらずの歯切れいい声で聞いた。
「スピゴラでも焼こうかなってさ」
「ならレモンソースがいい」
「ええ? いいけど……」
なんの迷いもなく自分の分があると思っているの横で、俺はさきほど仕入れたスピゴラのうろこを落とす。ざりざり、わずかに跳ねたうろこが数枚腕に張りついた。あとで剥がそう、なんて思っていると、がぺろんと指先でそれを取ってくれる。
「ありがとよ」
「なあ、ペッシ。うろこってよォ、美味しいのかね」
「え? う、うろこは普通は食わねえと思うけど……美味しくはねえんじゃ?」
「口とか切れそうだよな、歯にも挟まりそうだしよ」
「うん」
ざりざり。うろこ取りでスピゴラの表面を撫でている俺と、指先についたうろこを眺めている。水できれいに洗い流して頭に包丁を入れると、ざくりとかごとりとか、骨を断ち切る手ごたえを感じた。
「いや、でも」
俺がスピゴラをさばき終わると、がミネラルウォーターのボトルから口を離して言った。なにが「でも」なのか理解できなかったが、ちらっと見やった彼の視線がまだうろこに注がれていたので、ああさっきの話の続きかと理解できた。
彼はじいっとうろこをためつすがめつして見ていたが、何を思ったかそれをべろりと舌の上に乗せた。
「ちょ……!?」
「あんまり味は分かんねえな、あーでも歯に……いて、舌が」
「な、何やってるんだよッ、口すすいで!」
俺が慌てているのがおかしいと言わんばかりのは至って落ち着いていたが、口をもごつかせ、持っていたガス入りミネラルウォーターで口をすすいだ。「沁みる!」と当たり前のことを言っていたけど、吐いた唾に血が混じっていて思わず身震いした。
「ンン、いてえ。なんで俺こんなことしたんだろう」
「なんでって……それは俺が聞きてえよ」
はなぜか愉快そうに笑って、俺の肩を二度叩いた。できたら教えてくれよ、と言って手を振ってリビングのソファに向かう彼に、ほんのちょっぴり違和感を抱く。いま、振られた手が鈍く光を反射した気が、したような。
「…………?」
きっと目の錯覚だ。そう思った俺は同じようなきらめきを手元に見つけて視線を落とす。流しの端に引っかかったうろこが、蛍光灯の光を受けてちかちか光っていた。
(は皮膚が徐々に鱗に変わってゆく病気です。進行すると普段はとても食べないようなものが食べたくなります。ねずみの尾が薬になります。)