泣くんじゃねえ、と男は言った。テメーには関係ねえだろと言い返したかったが、俺の喉は引きつり声を出さず、代わりに零れる水滴は硬化してゆく。涙腺がばかになってもう何日経つだろう。
「だから、泣くんじゃねえよ」
「うるせえな。泣きたくて泣いてんじゃねえよ、誰だよお前、見んな。これが欲しいならやるから」
「いらねーよ」
俺の差し出すサファイアをにべもなく拒否した男は、これと同じくらい澄んだ青い目をしていた。こいつの目から滴った涙ならサファイアになって当然だろうに、普通の人間の涙は宝石に変化したりしないらしい。
しかし、宝石に興味がないならなぜ俺を見ているのか。大の男が泣いてるのはいい見世物だろうが、それを見てテメーが泣いてちゃ世話ねえと思う。
また喉をひきつらせて嗄れた声でえずく俺を見下ろしていた金髪の男が、存外やさしい手つきで背を摩った。
「泣くなっつってんだろうがよォ」
「うるせえ、お前見てると、痛むんだよ……目が……」
また目に違和感。泣き通しで腫れた瞼を両手で覆うが、まつげに引っかかった涙の粒がまたたきで弾かれ、小粒の真珠になって床に散らばる。
「俺見て、悲しくなんのか」
「……わかんねえ……わかんなくなった。なんで俺ここに居るんだっけ、ここどこだ」
顔を上げると、サファイアの瞳は鈍い光をたたえて揺らめいていた。その中に映る俺は情けないほどひどい顔をしていて、こんな顔してちゃまた×××に殴られちまうと思う。――殴られちまう? 『誰に』?
ヤツの手が俺に伸びる。意外と硬くて長い指が迷いなく俺の眼窩に添えられたが、ヤツはそれ以上何をするでもなかった。ずらされた指先は、滴る宝石のせいで細かい傷のついた目尻をなぞった。
「また来る」
そう言って、黒いスーツの男は踵を返す。思わず呼び止めようとして、俺は男の名前を思い出せないことに気づいた。いや、『知らない』、あいつとは初対面、そのはずで、宝石を回収もしないあいつは何をしにきたんだ。
ヤツが重たい扉の向こうに消えてから、俺はいつの間にか何かを握っていた手を開く。見覚えのない包みの中には、さらさらした訳のわからない粉が入っていた。大事なものだった気がするのに、思い出せない。なんだこれ。
「……あ、そうだ任務……任務。あれ、どこでやるんだったかな。だめだ、頭いてえ」
任務。任務って、なんだっけ。
俺はもう自分の名前すら思い出せない。
(は涙のかわりに宝石がこぼれる病気です。進行するとひとつひとつ記憶をなくしてゆきます。星の砂が薬になります。)