「……ここか?」
「そうだよ、ンな顔して睨むなって…」

 有言実行、この人は本当にシニアの先輩を引き連れてさんの中学校まで来てしまった。昨日、さんはこなかった。その理由はたぶん、その日に話し掛けてきたっていう千葉って人が知ってる。…もしくはその人自身が原因かもしれない。そう思うと、俺はこの学校に足を踏み入れるのに少しの躊躇いを感じた。でもやっぱりそんな俺のことを知らずに元希さんはずかずかと敷地内に入っていく。…自分の学校じゃないのによくできるよ、本当。これはあれだ、他のクラスに入りづらい雰囲気と同じ気がする。

「なあにモタモタしてんだよ、早くしろっつーの」
「…あんたには遠慮っつー言葉は無いんですか」
「ハア?」

 意味分かんねえ、と呟いた元希さんは先輩を引きずるように中に入っていく。俺もこんなとこで一人にされちゃ困るから慌てて、彼の学校に足を踏み入れた。俺の学校より少し狭いくらいか、と思う。ここに毎日制服の、俺の見たことの無いさんが居るんだと思うと変な気持ちになった。

「グラウンドは?」
「あっち」

 そういえば今日はシニアの方に何も言ってないけど、どうするつもりなんだあの人、と思う。俺も元希さんも先輩も、たぶんさんも何も言ってない。無断で休むなんて初めてだ。監督に怒られんだろうなあ、と思えば、少し砂埃の匂いがした。目をそっちに向ければ、数人の野球部員がトンボ掛けを始めていた。その中に彼を探すが、見当たらない。安堵に似た溜息を吐けば、隣で元希さんが苛立ったような舌打ちをした。

はどこだよ!」
「知るか! とにかく落ち着いてくれ元希」

 さっきからかりかりしてばっかりの元希さんは、落ち着きの無い目で周りを見渡している。元希さんはさんのこと、認めてるし、さんと仲いいし、とにかく落ち着かないんだろう。この人は面倒だから素直にそれを表現できないんだろうけど。ただの子どもだ、母親が居なくなって寂しいのにそれを我慢してる感じの子ども。さんが母親か、と思えばあまりにはまり役すぎて思わず笑いそうになった。

「…、……あ、千葉だ」
「!」
さんは!?」

 声を上げた先輩の目線の先には、数人の野球部らしい人が居て、どれがその「千葉」かは分からなかったけど、そのすぐ近くに、よく見慣れた人が居るのを見つけて俺は目を見開いた。
 俺の見たことの無いさんが、そこには居た。

「…、……」

 あまりの衝撃に、俺は口を開けなかった。見たこと無いような笑みを浮かべて楽しそうに話してるさん。そんなさんの姿を見たら、こっちがとてつもないイレギュラーな存在に思えてきて、ここは帰ったほうがいいんじゃないかとまで思えてきた。だってそうだろう、あっちはリトルからの付き合いで、ずっと一緒に野球してきて、あの人は一人だけ俺らの方に来たんだ。俺だってさんとの付き合いは一年しかない。あっちは、…数えるのも無駄だろう。
 長い付き合いをしてきた人たちとの野球の方が楽しいに決まってる。
 俺らは、邪魔なんじゃないか?


 じゃりっと、隣の気配が、動いた。

「――おい、!」
「っも、元希!?」

 どうしてここに、と言わんばかりの彼の表情。彼の隣に居た男、たぶんあれが千葉さんだろう、彼の顔が歪んだ。さんに歩み寄った元希さんの腕が、彼の腕を掴んだ。

「なんでンなとこ居んだよ、帰っぞ」
「元希、…俺、俺は」
「お前は戸田北のメンバーだろ!?」

 千葉さんが表情を歪めたまま、その言葉を聞いていた。ふらふらとさんが視線を彷徨わせる。そしてふと俺と目線があって、へらっと彼が笑った。苦笑だったけど、久々に見た彼の笑い顔に少しほっとした。俺は頭を軽く下げて、それから俺の隣に居る先輩を見上げた。彼は何も言わずにさんと元希さんと千葉さんとを見ていて、その目はどこか楽しそうだった。

「…楽しそうですね」
「あ、そう思う?」
「なんとなくっすけど」
「おう。だって千葉も元希も似たタイプだし、は優柔不断だし」

 まさにド修羅場、と笑った彼は、この状況を楽観視しているように見えた。先輩の中ではたぶん、この騒動の結末がなんとなくでも見えているんだろう。俺にはまったく読めない。彼は長い付き合いのあっちの野球を選んでしまうんじゃないかとか、でもあの人は俺らのキャプテンなのに、とか。

「…、…、こいつ、シニアの?」
「……ああ、そうだよ」
「お前が、千葉?」
「そうだけど、なに」

 二人の雰囲気は悪い。周りの中学の人たちは息苦しそうな雰囲気にそそくさと部室に入っていく。でも興味津々のようで、二人から微妙に離れた場所で聞き耳を立てている人たちも居る。中学のチームメイトたちに喧嘩売りにきたようなもんだし、それが普通の反応だろう。俺と先輩にも視線がちらちら来ているのに気づいて、なんとなく居心地が悪くて身を捩った。

「――なあ、

 先に動いたのは、千葉さんだった。元希さんとさんが千葉さんを見やり、さんは居心地が悪そうに目線を泳がせている。

「ちゃんと、返事ちょうだい」
「…なに、を」

 彼は確かめるようにぎゅうっと自分自身の手を握って、唇を開いた。

「戻って来てよ、。シニアなんか辞めて、俺らともう一回野球しよう」

 目を見開いたさんを見て、元希さんが、左手を握り締めた。




主将の答えを、求める瞳を見返した。