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「なんでアイツ来ねえんだよ!」 「俺が知るはずないでしょう、学校も違うのに!」 もうダウンも終わって着替え始めた。今日、さんは練習に来なかった。もしかしたら練習の中であの人を見なかったのは、俺が入ってきて初めてかもしれない。いつも俺らのことに気を使って、体調悪そうだなとか調子いいなとか声を掛けてくれるさんが居ないだけで、グラウンドが少し沈んで見えた。 「おいお前ら、と一緒の学校だったろ?」 「あ? そーだけど」 「明日は連れて来いよ」 「…無理かも知れないね俺じゃ」 ふ、と肩を竦めて苦笑した先輩はどこか悲しそうに見えて、どうしたんだろうかと思う。先輩の態度に苛立ったのか、その先輩にモトキさんが掴みかかった。 「なんでだよ!」 「っ、だってあいつ、今日、千葉と話してたんだよ」 「千葉? 誰それ」 「…の学校の野球部主将」 ぎゅ、と先輩は手を握り締めて、吐き棄てる様に言った。それと同時にモトキさんは首を傾げる。周りの先輩が少しざわついたのが分かった。一年組は俺とモトキさんと同じように首を傾げているが。ということは、さんと同じ学年の人かさんと長い付き合いの人ならわかるってことだ。 「なんでが野球部と」 「…知らねえの? あいつ、一年のときに部活辞めてこっちに入ってきたんだよ」 「…え」 「すっげえ荒れてて、野球させろって言って入ってきたんだ」 確か、一年の秋だったよな。そう続けた先輩は微かに眉を潜めて、その頃を思い出しているようだ。秋、モトキさんが入ってきたのも秋だった。中途半端な時期に入ってきて、荒れてた。モトキさんと被って仕方が無い。でもさんはどこも故障は無いらしいし、どうして辞めたんだ。夏まではそこに居たってことになる。 「さん、なんで、辞めたんですか」 俺が問うと、部屋の中は一瞬だけ静かになった。ちらりと先輩の目が俺に来てから、「そっか、一年とモトキは知らないんだよな」と呟く。二年組は俺ら一年とモトキさんを見てから、そっと溜息を吐いた。 「あいつ、中学校でかなりの練習しててさ」 「そうそう、遅くまで残って自主練とかな!」 「皆で勝ちたいって、その一心でさ。で、うちの学校ってあんま上下関係無い感じで、上手いやつならレギュラーになれるんだよ」 ぎゅう、と先輩は着かけていたシャツのボタンを留めながら続ける。周りの二年は聞きながら着替えてるけど、一年は固まったままその話を聞いている。今まで聞いた事なかった、尊敬してる主将の過去だ。聞かずにはいられないのかもしれない。俺も例外じゃなく、着替えながらこの話を聞くだけの度胸は無かった。モトキさんは目を細めてその話を聞いている。 「で、は一年でレギュラーに選ばれた」 「…」 「うちの学校あんま強くないからさ、セカンドが上手い先輩なんて居なかったんだ。だからがレギュラーになった」 「誰も文句なんか言わなかったし、むしろおめでとうって感じだったよなあ」 「妬みとか、いじめとかじゃないんすね」 そういう方向の話かと思ったからちょっと拍子抜けだ。いや、そういう話を期待していたわけじゃない。俺は頭を振って、先輩を見つめる。 「ああ、別にそういうの無かったよ。いい奴等ばっかりだったんだ、でも、一人最悪なのが居た」 「誰だよ、それ」 苛々としたように、モトキさんが口を挟む。元々吊り目なモトキさんが睨むと更に迫力が出て、ちょっと先輩が身じろぎしたのが分かった。でも、「今から話すからちょっと待てって」と笑うだけの余裕はあるらしい。一年違うとこれだけ精神的に大人らしいところが出るのかなとぼんやり思った(俺なら確実に睨み返す)。 「監督だよ」 「……は」 「そいつ、うちはどうせ勝てないへぼチームだっつって、指導なんかまともにやらない奴でさ」 「なっ、そんなの…!」 「ないだろ、普通」 悲しそうに笑って、先輩は学ランのボタンを留め終わった。対する俺はまだユニホームのままだ、少し寒い。 「適当にやって、適当に言って、それで終わりって奴。だから俺はさっさとシニアに来たんだけどな」 「…さんは」 「リトルからの付き合いなんだよ、千葉と。セカンドとショートで、ずっと組んでたんだ。だから二人で野球部に入った」 手際よくユニホームが畳まれていく。先輩のエナメルの中はすっきりとしていて、モトキさんとは正反対だと一瞥する。すると彼もやはり先輩のエナメルを見て顔をしかめていた。一瞬手を止めて、先輩が重々しく口を開く。 「公式戦では、初戦負けだった。皆頑張ってたって納得しかけてた、…でも、試合が終わって沈んでるときに、言ったんだよそいつが」 「なに、を…」 「『やっぱりお前らは勝てないな、努力してないからだ』」 俺は息を飲んだ。空気が一瞬だけ張り詰める。 「お前のせいだろっつー話だよな。んで、勿論切れたんだよ」 「…が?」 「ああ、あんたが無能だからだろって啖呵切って監督殴ったらしい」 勿論俺がそこに居たわけじゃないから脚色されてるかもしんないけどね、と言ってから先輩はエナメルを閉めた。もう帰る準備万端らしい先輩はコートを着込み始めた。最後まで話してくれる気ならば、そろそろこの話は終わりが見えてくる。 「はその夏の公式戦が終わったあと、すぐに退部届を出して、戸田北に来たんだよ」 「……一年の秋からって、そういうことっすか」 「そう。で、それから今まで…一年くらいか、千葉とってお互い避けあってたんだよな、多分」 「廊下でも無視だしな。野球部の奴等からってのは距離置かれてんだよ」 「なんでですか、さんは正論言っただけなのに」 「あいつは、皆から裏切り者って思われてるんだよ」 がたん、先輩がロッカーを閉める音がする。そして壁に背中をつけて、俺とモトキさんとを見た。 「なんで部活を辞めて、シニアに行ったんだよって。俺らと一緒に勝ってくれるんじゃなかったのかってな」 「…そんな」 「しかも選んだのは戸田北、ブロックで一番強いシニアだ」 みんなの見解は「は俺らを見捨てて、勝ちに行った」って、そういうことか。本当のさんの気持ちは知らないけれど、状況だけ見たらそう思われても仕方が無いのかもしれない。がんっ、と何か鈍い音がした。それがこの前のさんのぶち切れたときの音にそっくりですぐに顔を上げれば、モトキさんがロッカーに右手をついて怖い顔をしていた。 「ンで、その千葉って奴とが喋ってたって?」 「お、おう」 「だから来なかったんじゃねえかって、…、エナメル持ってたから多分来るつもりはあったんだろうけど」 段々と歯切れが悪くなっていく言葉。それと比例するようにモトキさんの顔が不愉快そうに歪んでいく。 「ふざけんなよ」 「…っも、モトキ?」 「あいつ、野球部戻るとか言わねえよな」 「知らねえって! だからんな怖い顔すんなよ!」 苛々としたモトキさんは舌打ちをして、それから俺を睨んだ。正直なんで俺が睨まれなきゃいけないのかが分からない。そう思っていたら、名前を呼ばれた。 「タカヤ!」 「は、はい」 「明日、の学校まで行くからな」 「……は」 「つー訳だ、お前、連れてけ」 「え、あ、…おう…?」 そこで微妙に頷かないで下さい先輩。明日はさん来るかもしれないのに。もしも入れ違いになったらどうするんだ、とこの人の計画性の無さを感じながら俺は溜息をついた。 「ンだよ、文句あるのか?」 「…なにも」 でも、反対する要素は無い。 揺れた主将の心境は、きっと居場所を探している。 |