薄暗い自分の部屋で、思い返してみる。もうあれから三日経った。正直、あの時は本当に苛々していただけだった。モトキから見れば単に「遅かったな」、ってだけだった。それで俺が勝手に切れて喚いて飛び出してきた、ただそれだけだ。なのに、今になってみれば俺はあれからモトキやタカヤとまともに会話していない上にセカンドとしての仕事も上手くできなくなってきていた。肩も足も、疲れている。前は、楽しくて仕方が無かった野球に対しての疲労感なんて感じても微々たるものだったし、それさえも嬉しかった。なのに今はどうだ、と俺はそっとソファの上に投げ出した自分の四肢を見下ろす。倦怠感がずるりと俺をソファに縫いとめて動けないようにしている。

「ばかみてー」

 俺らはまだ中学生で、子どもで、まだそんなことでうだうだ言える年齢だ。でも今しかできないことだってあるはずだと俺は柄にもないことを思いつつ天井をにらみ上げた。そっと起き上がり、溜息を吐く。そういや溜息吐いたら駄目なんだったか、と俺は苦笑して、また溜息を吐いた。








「……」
「…、…千葉?」

 ようやく来た放課後。身体に巻き付いてくる緩やかな倦怠感を振り払うように、俺は教室を出ようとした。今日もシニアに行かねえとな、と時計を見やったところで、声がした。ゆっくりと振り返れば、やっぱりというかなんというか、相変わらずの顔がそこにある。
 野球部の、千葉、だ。俺がセカンドやってたときのショートで、俺らの連携はそりゃあ試合でのファインプレーと持て囃されるほどのもんだった、…過去形だけどな。

「んだよ、俺、時間ねえんだけど」

 この前、野球部の群れの中で、目があったのはこいつだ。先に逸らしておいてなんだ、と言わんばかりの俺の声色に、千葉は小さく呻いた。多分、千葉にも自覚はある。俺と千葉はクラスも違うし、俺がシニアに行き始めてから話さなくなってた。それでも話しかけてきた、その理由はなんだ? 俺は表情でそれを聞くと、千葉は俺をしっかりと見据えて口を開いた。

「…戻って、きてよ」











「…モトキさん、今日は一段と酷いですよ」
「うるせえ」

 彼のノーコンにもそろそろ慣れた。もう冬だ、彼と組むようになって一つの季節をやり過ごせた、と俺は溜息を吐く。と、モトキさんの鋭い吊り目が俺を睨んだ。なんだよ、と思ったときに、ああそうかと納得する。さんだ。この前、モトキさんはさんと喧嘩した。というかあれはモトキさんもさんも悪かったんだと思う。さんの機嫌が悪かったのを察せなかったモトキさんもモトキさんだし、あそこで怒鳴って一人で出て行ったさんもさんだ。あれじゃどっちも何もできない、とちらりとモトキさんを見やる。あれからさんと話す機会もないし、みんなさんの怒鳴った姿なんて見たことなかったから驚いて怖がっている。それに微かに苛ついているらしいさんは空気が刺々しくて、まるで一年前みたいだと囁いている人も居る。(…一年前?)

「…さんと、仲直りしたらどうですか」
「はあ?」
「迷惑なんですよ、こっちが」
「テメッ」

 睨まれたが、その睨みだって図星を隠すためのものだ。そう気づけばあまり怖くない。モトキさんは感情の露出が激しいから、気に入らなかったら当たり散らすし投球は荒れる。怖いのはさんだ。さんはいつも感情を表に出そうとしない上にいつも当たり障りのない表情をしている。だから何を考えているか分からないし、いつそれが爆発するかも分からない。いつだって、彼は一人なのだ。

「…だってあいつがわりいんじゃねえか」
さんも悪かったですよ、でもモトキさんの方が悪いです」
「は? どこがだよ」
さん、来たときからずっと機嫌悪かったじゃないですか」

 だから思ったのだ、彼らしくもないなと。あんなに感情を隠そうとしない彼は初めて見たから。

「そうかぁ?」
「そうでしたよ、…ったく」

 だからアンタはコントロールのいい繊細なピッチャーになれないんだ、と内心毒づいてから、俺はそっと空を仰ぎ見る。もう練習が始まる頃だというのに、さんは来ない。あの人はなんだかんだでリーダーシップがある人だし、惹きつける魅力もある。だから彼が荒れるとチームも荒れる。彼が居ないと、チームが沈む。それがリーダーだ。それに、不真面目に見えて真面目な人だから、俺が入ってから休んだ姿はほとんど見ない。なのに、どうして。いや、彼にだって体調不良もあるとは思うが、こんなときだ、少し考えてしまう。もしかしたら、もう来てくれないかも、なんて。

「…わーったよ」
「なにがですか」
「今日、アイツに謝らせる」

 何かが違う、と俺は顔を歪めた。だけれどもすぐにそれは彼なりの「言い訳」なのだと気づいた。素直じゃない人たちだほんとに。

「…、…それにしてもおせーな、

 少し目を細めたモトキさんが小さく呟いたそれは、酷く寂しそうに聞こえたから、俺は何も言わなかった。













 そしてその日、さんは来なかった。




衝突の矛先は、主将の心境へと向かう。