「は?」
「だから、今日はタカヤ休みだから俺が受けるっつってんの」

 がちゃがちゃと、いつもはつけない防具を足や手に付ける。見た目よりも軽いそれを装着するのは久しぶりだが、そんなに鈍っちゃあいないだろう。ばちん、と最後のセッティングを完了させて前を向けば、明らかに不満そうな榛名が居た。…あからさますぎるが突っ込むのは止めよう。面倒だしうるさそうだ。目線は俺を捉えてはいないし本気で投げる気もなさそうだ。まあいつもこいつは本気なんかだしちゃあいない上に厳密な球数制限をしている自分の体大好きな奴だけどな。

「言っただろ、捕手でもねえ奴になんか本気で投げねえって」
「本気じゃなくてもいーだろ。つか、俺とタカヤ以外にお前と組めるやついねえんだからしかたねえっつの」

 こっちだって面倒だ。セカンドは色々と微妙な守備位置でありショートとの連携プレー練習だってあるし、なんてったってセカンドは人が少ない。今のうちに一年に叩き込むことはいくらでもある、のに、俺は今日こいつと組んで一日練習しなければならない。何故か。タカヤが風邪で今日は休みだからだ。まあこの前の監督の話の通り、榛名とタカヤは一応バッテリーとして組み込まれてる、けども、まあ榛名のノーコンはひでえもんで見てるこっちが逆に笑えてくる。けど、ここでエースナンバー背負えるのは、こいつしか居ない。

「…」
「投げろよ。どんだけ当てたっていい、俺の技術不足だかんな。身体張って受け止めてやっから」
「止めろよ?」

 ぎろり、と睨まれる。そのあと、微かに口角が上がったのを見て、俺は一瞬底冷えする何かを感じた。それはたぶん、初めて笑ったところを見たのと、その笑みの作り笑いさと、恐怖だ。こいつは怖い。どこか触ったら暴れて壊れる。

「…、……」

 数回のキャッチボールに応じたあと、俺は土を蹴ってキャッチングポーズに入る。構えたミットの先に、榛名が居る。その冷たい鋭い吊り目が俺を、ミットを見て、モーションに入った。いつの間にか投げ出された白球がこっちに向かってくる。あっという間に目の前だった。

「…っぐ、!」


 重い。あまりの重さに手が痺れた。一瞬だけボールを見失う、が、手の感覚がボールを掴んでいると告げる。


「、っは」


 でも、止められた。

 ミットの中に収まったそれを見て安堵する。よかった、止められた、と。榛名にボールを投げ返すと、そこには今までにない顔をしていた榛名が居た。酷く子供らしく、素直に、驚いている顔。俺はそれを見て息を飲んだ。これは、――本当に榛名か? つかつかとこっちに近寄ってきて、榛名はじっと俺を見たあと口を開いた。

「お前」
「…あ?」
「なんでキャッチャーじゃねえの」
「セカンドの方が楽しかったから」

 勿論、他の場所だってそれなりにできる。俺はどこかに執着するような性格じゃないし、それで揉めたりなんかしたら面倒だし、転々と色んなポジションを回されてきた。キャッチャーだってピッチャーだって、それなり、だ。何か一つが飛びぬけているわけじゃない。そして、全部の中で一番楽しかったのがセカンドだ。だからセカンドに居るだけで、監督に言われればどこだってやる。でもまあうちのセカンドは俺以外実戦には出せそうにないから俺はセカンドレギュラーに収まっている。

「今の、結構本気だったんだけど」
「あっそ。つか腕がいてえんだけどさ…」
「だろ」

 にやりと笑った榛名。今日は新しい榛名を見るのが多い。タカヤにも見せてやりたいなと思ったところで、俺はもう一度座り込み、ミットを構える。マウンドに帰っていった榛名は振りかぶって、投げた。今度は明らかなボール。そして俺は見事にそれを受け損ね、鳩尾にそれを喰らったのだった。








「…おま…ほんっとにノーコン…っ!」
「うっせえ」
「自覚あんならコントロール練習しろっつの…タカヤがカワイソーだ」
「つか、お前の方があいつより上手いんじゃねえの?」
「俺は年上、だかんな」

 ようやく上がりの時間になった頃、俺はあっという間に痣を作っていた。最初の鳩尾に、目の前でバウンドしたのが腹に当たり、メット付けてるとはいえ顔面に来たのは怖かった。危うく泣きそうになった。これを毎回受けてるタカヤはすげえ。今度何か奢ってやろうと思って、俺はミットを外した。手が真っ赤に腫れあがっている。いつもこんなに強い球を受けているわけじゃない(セカンドにこんな球がきたら怖すぎだろ)俺の手はもう限界を叫んでいた。ぼーっとした俺が邪魔だったのかは知らないが後ろから覗き込んできた榛名が、あろうことか俺の手を見て思い切り噴出した。笑っている。

「情けねえの!」
「…うっせえよ、俺はセカンドなんだから、いーんだよ」
「あ? 俺の的・第二号だろ?」
「一号はタカヤなわけね。かわいそーなタカヤ」

 これから、たぶんこいつが俺と一緒に引退するまでずっと組まされるであろうタカヤの身体を案じて俺は微かに祈った。別に神を信じているわけじゃないしそんなに興味も無い、が、まあこういうときくらいいいだろ?
 だいぶ寒くなってきた、と空を仰ぐ。もう既に暗くなってきた空はオレンジ色を黒が侵食している。着替えるのだろう榛名が部屋に戻っていくのを見て、その背中を呼び止めた。

「あ、榛名!」
「……、…んだよ」

 振り返った榛名は至極すごい顔をしていた。怖いというか、子供を見ている気分だ。仕方の無い子ね、どうしたの、ってな感じ(うわ俺・気色わり…!)。なにをそんなに不機嫌になったのかは知らんが俺は気にせず話し掛ける。説明しなくても分かるだろうが、わざわざ面倒事に発展させる気はない。

「今日は悪かったな。明日はタカヤも来るだろうから本気で練習でき」
「お前さ」
「…、…遮んなよ…」

 溜息をついて、俺は榛名を見やった。こっちに歩いてきている。なにが榛名を怒らせたのかは未だに不明。というか最近、結構打ち解けてきたと思ったんだけどな…。すると、榛名は非常にむすっとした顔で俺を見てきた(こいつは最近すごい勢いで伸びている、羨ましい限りだ)。

「なんで俺のことだけ苗字なわけ?」
「…は?」
「タカヤとか、他の奴は名前だろ? 俺の名前知ってんだろ」
「お前もだろ。お前が呼ばねえから俺も呼ばねえだけ」

 全てはギブアンドテイクだ。なんか微妙に違う気がするけどスルーで御願いします。というかな、今まで「おい」だの「お前」としか呼んでないお前こそ俺の名前知ってんのか?


「………………………………、……、は?」
「お前の名前」

 …知ってたらしい。俺はそれに応えるようににや、と笑ってみせて、「モトキ」、と呼んでみせる。すると奴は先程みたいに素直で子供らしい顔を見せて、それから、笑ってみせた。それがなんか嬉しくて俺らはごつんと拳を当ててみせた。もう冬だ。




主将の災難はまだ続く。