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「 、隆也! ちょっといいか!」 「はい!」 「ッス」 俺と隆也を呼んだのはうち、野球のシニアチーム戸田北の監督。呼ばれたら返事して駆け寄る、これが運動部の鉄則。隆也もちゃんと分かっているらしく元気よく返事を返している。監督の横には、ユニホームを着た見慣れない少年が一人立っていた。一年にしてはデカいし、三年にしちゃちょっと細い。それにこんな時期に入るなんて二年くらいしかいないだろ、と俺は一人納得して、監督の前に立った。隣の隆也はちらちらと見慣れない少年Aに目線を送っている。 「えーと、コレ、うちのキャプテンの、二年生二塁手ね。こっちが阿部隆也、一年捕手」 軽く頭を下げる。帽子は取らない(面倒なのと忘れてたのと)。 「、隆也。こっちは今日からうちに入る榛名元希、二年生。ほら、挨拶」 「ちわっ」 「…ちわす」 「………ちわ」 「…、…え、ええと」 少々機嫌の悪そうな少年A、もといハルナモトキは俺と隆也とを一瞥してふいと目線をどこかへとやった。俺も今日はそんなに機嫌よくプレイできそうな日じゃあない。学校でもそうだしシニアだってそうだ、キャプテンは色々と大変なのである。気まずい雰囲気が流れ始める四人の中で、監督が言いづらそうに話を切り出す。 「隆也、今相手決まってないだろ。しばらく元希と組んでみて」 「はい」 「も捕手できるから、隆也のコンディション悪いときとかたまに組んであげて」 「…ッス」 「メニューは他の二年と同じで、あ、。あとで教えてあげて。球数は――」 「あ、俺、自分で決めます」 そこでようやく口を開いた榛名はいまだどこかに視線を彷徨わせたままで、それでもはっきりと意思表示をしていた。 「あと、試合でも一日八十球しか投げないんで」 ぎろ、吊り目の双眸がこっちを睨む。 「それでもいいなら使って下さい」 「……あ、ああ、そうな。えーと…」 ぽん、と隆也の背中を叩いた監督は微かに冷や汗をかいている。…やり辛そうだな、と一人頭の中でぼーっと考えていると、隆也が榛名の前に押し出されていた。監督室へかグラウンドの整備へかは知らないがどこかへと戻っていく監督の後姿を見た後、俺はぐるりと身体を回転させた。そこには少し険悪そうな雰囲気が漂っている。こういう後始末は"チームのトップ・キャプテン"に任されるのだ。面倒なことだけど。 目の前に並んだこいつは、危険だと、どこかで思っていた。 「…あー、ええと、ハルナモトキくん? 俺、一応ここのキャプテンやってる」 「……さっき言ってたろ」 「まあ。…正式には二塁手ってことになってるけど、やろうと思えば…まあ投手以外だけどどこでもできるし、捕手なら去年までやってたから」 「…そうかよ」 ……気の強いやつらしい。というか、刺々しい、っつーか。なんか荒れてるな。目が荒んでるような気もするが、まあ深い詮索は無用だ。面倒だし。じろじろと全身見られて、初めて話し掛けられた。 「お前、なんか細い。何センチ?」 「一応170はある」 「…そこのちっせえお前は?」 「………160です」 隆也の身長は、まあ一年だからちょっと俺らに比べりゃ小さい。だけどそんな明らかな舌打ちは頂けない。まあでも何も言わないことにしよう、面倒だ。 「一年なんかが的じゃ、思いっきり投げらんねえな。それに、捕手でもねえ奴にも」 「…、何でですか」 「おい隆也、」 的、に引っかかったらしい隆也が食いつく。いや、俺もそういう隆也の年上でも食いついていくとこ(悪く言えば生意気)嫌いじゃないけどあんまりそんなかっかするなよ、色々と面倒なことになりそうだし。じろりと睨みつけられた隆也は少し怯んだがそれでも睨み返している。 「ケガすっからだよ」 「防具付けてりゃしないです。打者が立つわけじゃないし、そこまでキャッチング下手じゃないです」 「…(それ、理由になるか? 付けててもするときはするっつの)」 さす、と俺は自分の腹を擦った。この前まで組んでたピッチャーは激しく精密的な性格をしていた割りにピッチングはぼちぼち。ノーコンとは言えないがコントロールがいいとはお世辞にも言えなかった。防具付けてても痣は残る。証拠に俺の腹には未だにワイルドピッチの痕が残っている。まあここで俺が口を挟めば更に騒ぎが拡大するのは目に見えていたし、後始末はやっぱり俺だ、何も言わない。代わりに溜息をひとつ。 「…オイ、ケンカ売んなよ」 さきほどとは比べ物にならない睨みが流石に堪えたのか、一瞬隆也は身じろぐ。それでも更に噛み付くお前は勇者か怖いもの知らずか、…溜息を吐く。 「お前もさっきから溜息ばっか吐いてんなよ」 「……はあ」 「オイ」 「…隆也、ケンカは売るなよ。身体が資本なんだから」 「っケンカなんか、売って…」 「俺はムカついたんだよ」 「…………はあ…」 非常に面倒だ、こんなことになるんだったらさっさと挨拶すませてトンボ掛けときゃよかったな、くそ。そしたらまた溜息を吐いていたのか、ぎろりと榛名の睨みがこっちにも来た。ああ面倒だ。まあ、ここで俺が我慢すれば済む話だろ、俺はそんなぎゃんぎゃん噛み付くような性格じゃないんでね。 「…下手じゃねえっつったな。テメーのコトバに責任持てよ?」 その日の練習は酷いもんだった。まあ俺だって気分が乗ってた訳じゃないし、キャプテンとして皆を支え、助言し、統率しなければならないというリッパな使命があったわけですけれども。さっきから聞こえる、キャッチャーの方からの声が気になって仕方が無い。榛名の投球が見たいのもあるし、様子見をしないといけないので俺はセカンド監督を同学年の奴に任せてそちらへと向かった。 隆也が蹲っていた。 「…っげほ、エッごほっ」 「…」 俺はそれを冷静に受け止め、ちらりと榛名を見やり、隆也の隣に腰を下ろす。背中を擦ってやれば、痛そうに呻く声が聞こえてきた。俺は隣で心配そうに見ているキャッチャーのやつに口を開いた。 「今日はもう上がるぞ、時間だから」 「お、おう!」 「よーし、上がろー!」 ぞろぞろと集まっていく奴等を見て、俺は中々前を向けない隆也の背中を擦り続ける。見上げた榛名は夕陽をバックにしていたためどんな顔をしていたかも分からない、が、その姿に酷く見入ってしまったのも、これが投手かと鳥肌を立てたのも分かった。 「…くそお…っ」 ようやく顔を上げた隆也が小さくそう呟いたのは、聞かなかったことにした。俺は榛名に向かって歩み寄り、ぎっと睨む。ほんの少し面食らった顔をしたが、怯んだ様子はない。それに腹立たしくなりながらも俺は声を荒げる事無く冷静に呟く。 「お前、もーちょい抑えろって」 「――、っ」 「いくらチームメイトたって、年下だぞ。何ムキになってんだよ、」 がし、と胸倉をつかまれた。その手がやはり投手で安心する。 「キャッチが上手けりゃ捕れねえ球じゃねえよ」 「…ほらムキになってんじゃねえか。そんなに下手じゃない、って喧嘩売ってるように聞こえたかもしんねえけどさ、まあまだ一年だぜ? この前まで小学生だったんだ、一年早く生まれてんだからもっと落ち着けよ…はあ」 まだまだ子供だ。お前も隆也も、俺も。溜息をついてがしがしと頭を掻く。至極面倒だ、面倒すぎる。ああくそ、くそ、いらいらする! 「溜息吐いてんじゃねえよ」 「……」 面倒すぎる性格同士をバッテリーにしてしまった監督と、キャプテンやってる俺が嫌になった日。 「…はあ…(なんだかなあもう、面倒、だ)」 主将の災難は続く。 |