いっしょにおふろ


 ロシア支部に居たころは、湯船がこんなに気持ちいいものだなんて知らなかった。私はアナグラ内の大浴場に浸かりながら、ぼんやりと極東の文化に感謝した。疲労した手足から気だるさが溶けだしていく。

「気持ちよさそうね」
「リーダーもゆっくり浸かってくださいよ」
「そうするわ」

 浴場に、リーダーの落ち着いた声が反響する。足先でお湯の温度を確認したあと、細身の身体がゆったりと水面に飲み込まれた。ほう、溜息がもれる。そんなリーダーの姿を見ながら、ああ本当にリーダーだ、なんて当たり前のことを思った。

 第一部隊の隊長であるリーダーは、リンドウさんが戦線に復帰してから世界中の支部を飛び回るようになってしまった。激戦区の極東支部の第一部隊を率い、とてつもない生存率を誇る彼女はまさしく引っ張りだこだ。極東支部に帰ってくることもめっきり減った。

「リーダー、今度はどこらへんの支部に出向してたんですか」
「シンガポール、マルセイユ……ロシアにも少し居たけれど」
「そうなんですか! 極東とはまた違った寒さがあったでしょう」
「ええ。さすがにちょっと堪えたわ……廃寺で雪には慣れたつもりだったけど」

 リーダーは苦笑いをして、額に張り付いた前髪を払った。右眉の近くに、また見慣れない新しい白い傷跡。わき腹に走る痛々しい爪痕も見つけてしまった。またこの人は私の知らないところで、いくつもの修羅場を潜り抜けてきている。

「でも、駆け回ると身体が温まるからまだマシかもね。獣道を使って逃げ回るヴァジュラを追いかけてたら、最終的に汗までかいたし」
「それを冷やすと風邪引くんですよ……」
「経験者?」
「ち、違いますっ」

 ぱしゃん、お湯が跳ねる。「気を付けるわ」、とリーダーが柔らかく笑って、華奢な肩を揺らした。心なしか、前よりリーダーの笑顔が柔らかくなった。アラガミを駆逐することにしか興味のなさそうなワーカホリックの彼女しか知らない一部のゴッドイーターがこんなリーダーを見たらなんて言うだろう。

 ずるる、と肩まで浴槽に埋めた彼女は、うっとりと目を閉じる。

「でも、やっぱり極東が一番おちつく気がする」
「じゃあじっくり休んでくださいね」
「ふふ。ありがとう、アリサもね」

 そう言う彼女は、またすぐにどこかへ行ってしまうのだろう。私だって、近いうちにロシア支部へ戻ることが決まっている。それを知っているはずのリーダーも、あえて何も言わない。

「アリサは色白だから、すぐ肌が赤くなるわね。湯あたりしないようにしなきゃ」
「り、リーダーこそ。寝不足で長湯は毒ですよ」
「じゃあ、もう少ししたら出ましょう。そしたら、ゆっくり話しながら目覚ましもかけずに寝るの」

 いいでしょう? と言わんばかりにリーダーが微笑むから、私もつられて笑う。そんなの、こっちからお願いしたいくらい、幸せな計画だ。

 湯船に広がる波紋が、優しく私の胸元を叩いた。