無理するあなたに5つの約束

  1. ご飯はきちんと食べてください / カレル・シュナイダー
  2. 夜はぐっすり眠ってください / ジーナ・ディキンソン
  3. たまにはゆっくり休んでください / 楠リッカ
  4. 悩みは人に相談してください / アネット・ケーニッヒ
  5. 要するに、無理をしすぎないでください / 第一部隊

配布元:オセロ

ご飯はきちんと食べてください / カレル・シュナイダー

 また誰かがミッションを受注していく、とカレルは無気力にその背中を眺めていた。エントランスの奥まった場所にあるソファには、いまカレルしか居ない。だがきっとそのうち彼にも防衛任務という名の見回りミッションが回ってくるだろう。面倒くせえなあ、と溜息を漏らす。

「やあ」

 ふと視界が暗くなった。ソファに深く腰掛けていたカレルは目だけで相手を見ると、よお、とだけ返した。そっけない返事だが相手は気を悪くした様子もなく、隣に腰掛けた。皆に使われ痛み始めたスプリングが柔らかく跳ねる。

「いやあ。久々に第二部隊と一緒にミッション受けたんだけど、誤射被弾したの俺ばっかりでさーここは慣れだよなぁ」
「ハッ、あんたもまだまだってことだろ」
「正論だねえ」

 隣でからっと笑うの頬には小さいガーゼが貼られていた。カレルは、前にカノンと出撃した際のシュンの惨状を思い出す。他に大きな怪我が見当たらないのはさすが第一部隊の隊長といったところだろうか。誤解されがちだが、カレルはを評価していないわけではない。

「でさあ、カレル」
「んだよ」
「メシ食べた?」

 動揺しかけて、寸でのところで押しとどめる。

 実を言えば、ここのところのカレルの食事はレーション中心だ。しかも比較的安価な買い溜めしていたもの。理由はいくつかあって、最近疲れていて食事を用意するのが面倒だとか、食堂は割高だとか、食事より睡眠の気分だったりだとか。

「あんたには関係ないだろ」
「よかったら一緒に食べないかなあとかさ」
「なんであんたと……」

 じとりと隣の男へ視線をやる。は人の好さそうな笑顔をちょっとだけ苦笑に変えた。

「実は最近ひとりで食うこと多くてさ、久々に誰かと食べたいと思ったわけ」
「他をあたってくれ」
「頼むって! 奢ってやるから付き合ってくれよう」

 この通り、と手を合わせられ、カレルは考えるポーズを取った。

 悪くない話だ、食事代も浮いて腹も満たされる。出来すぎているとも思ったが、この男に謀だの企みだのは似合わなさすぎて、深読みするのが馬鹿らしく思えてきた。

「いいぜ、食堂なら付き合ってやるよ」
「助かるー! 好きなの頼んで好きなだけ食べていいからさ!」
「ハン、前言撤回はなしだぞ」

 考えることを放棄して、カレルは腰を上げた。の手持ちの心配はしなくていいだろう、部隊長ともなれば報酬は山ほど貰っているはずだ。

「腹いっぱい食べてくれよー」

 そんなことを言うに生返事をすると、カレルは区画移動用エレベーターに身を滑り込ませた。

夜はぐっすり眠ってください / ジーナ・ディキンソン

 階段を上がった傍の区画移動用エレベーターが駆動する鈍い振動がして、ジーナはふとそちらを見やった。カゴが引き上げられる重い音で、また誰か眠れない人が上がってくるのだと思う。ガシャと音を立てて扉が開くと、中に居た男と目が合った。

「こんばんは、ジーナさん」
「あら……貴方も眠れないの?」

 こんな夜遅くにエントランスへ来る人は少ない。湯気を上げる紙コップを二つ持ったは、エレベーターから降りるとまっすぐにジーナへと向かってきた。彼は肩をすくめて笑うと、一つを差し出す。

「そんなところです。よかったらこれどうぞ」
「フフッ、ありがとう」

 ふわりと香る甘い匂いに、コップの中を覗き込む。きっとホットミルクだ、はちみつを垂らしてあるに違いない。自分ではあまり飲まないものだが、らしいチョイスではある。一口舐めると、まだ温めたばかりなのか少し熱い。

「座りません?」
「構わないわよ」
「じゃあ、どうぞこちらへ」

 おどけたように笑ってはジーナへと手を差し出した。うやうやしい態度に、ジーナも軽く笑って自分の手を重ねた。受付から階段を上り、大きな机を囲むように並べられたソファを二人で贅沢に使う。

「今日もいい月ですねえ」
「そうね……真っ白な月もよかったけど、緑化したのも綺麗ね」
「でしょう」

 なぜかが誇らしげに笑う。アーク計画の失敗と月の緑化、そして前支部長の“事故死”――ジーナは特に深く考えず、ただ、情けなく帰ってきた多くの重役の顔が見ものだったことが印象深かった気がしていた。それの阻止に成功した英雄と持ち上げられるわりに、はいつまでも一般兵と変わらない。

「……なんです?」
「いいえ。……よかったらまた深夜のミッションに付き合ってくれないかしら」
「あ、そうそう。俺もそれを言いにきたんです」

 気の抜ける口調で言うと、はちびりとカップを傾けた。

「よかったら俺のミッションに付き合ってほしいなあと」
「ふふ……ええ、いいわよ」

 ジーナも微笑んで、適温になりはじめたホットミルクを飲む。とろとろと甘くて温かいものが、喉元から腹部へと流れていくのがよく分かった。ほう、と溜息を吐く。

「明日の昼時がいいなーとか思ってるんですけど」
「昼時? 構わないけど……今からじゃないのね」
「え? だってピクニックするには昼が一番でしょ」

 ジーナは珍しく余裕の表情を崩して、少し驚きを見せた。の顔をじいと見つめて、どうやら本気で言っているらしいと気付いて、ふっと笑った。

「貴方って……」
「場所は鉄塔の森なんですけどねー、まあ昼食食べるなら適当かなと」
「ふふ。分かったわ」

 紙コップを煽り、ゆっくり飲み干す。ジーナは唇の端を指で拭いながら、いつも通りのニヒルな微笑みを浮かべる。

「じゃあ明日に備えて、寝なくちゃね」
「……はは、そうですよ。ぐっすり寝てくださいね?」

 は軽く笑って、ジーナから空の紙コップを受け取り重ねた。ジーナは腰を上げ、区画移動用のエレベーターの扉を開く。「今日はゆっくり眠れそう」と呟くと、隣でが嬉しそうに笑った。

たまにはゆっくり休んでください / 楠リッカ

 エレベーターの扉を潜り抜けると、鼻をついたのは油の匂いだった。少し蒸し暑く、は思わず目を細めた。

「リッカちゃん、お疲れさまー」
「あ、……」

 神機保管庫の隅で、工具箱を伴につけたリッカがこちらを見た。こめかみから顎にかけて伝い落ちる汗を軍手で拭う仕草が様になる。

「今からミッション?」
「そーそー。いやあ、お仕事は楽しいねえ」
「あはは」
「それはそうと、差し入れだよ」

 はい、と差し出された缶を見て、リッカの目が輝いた。熱気に満ちた空気に触れ、微かに汗をかいた缶はとても甘美なものに見える。中身はもちろん彼女の好物の冷やしカレードリンクだ。アナグラ内での人気はさておき、リッカにとっては甘い炭酸飲料よりずっといい。

「ありがとう! ふふ、嬉しい」
「これさ、微妙にクラッシュされた肉まで入ってんのなー」
「そうそう、たまーにね……あれ? 飲んだことあるの?」
「コウタが間違える度にね」

 は好き嫌いがない、というよりは何でも食べる。アナグラを阿鼻叫喚の渦に叩き込んだほろ苦さと甘酸っぱさが同居した初恋ジュースを自室の冷蔵庫にストックしているのはたぶん彼だけだ。

 パキリと音を立ててプルタブを引くと、爽やかなスパイスの香りがした。整備油と混じりあうと、ここがリッカの好きなものだけを寄せ集めた空間であるような錯覚を起こさせる。

「……ん?」
「え? なに、どうしたの」

 気が付けば至近距離にが立っていた。缶を片手に、リッカは少したじろぐ。

 伸びてきた彼の指がリッカの頬を強く擦った。その指先が予想以上にガサガサしてデコボコした頑丈そうな感触で、なぜだか驚いてしまう。彼がいつものらりくらりとして、へらへらと笑っているせいだ。

「隈が」
「ああ……最近、本部から補強パーツが届いてさ。休んでられないよ」
「よくないねえ」
「だって」
「「お願い、無茶しないで」って、リッカちゃんの言葉だぞ」

 は苦笑して、彼女をねぎらうように頭を二度撫でた。その手をおとなしく受けながら、こっそり彼の顔をうかがい見て、リッカは唇を尖らせた。

「……きみだって、休みなんかほとんどないくせに。人のこと言えないでしょ」
「あれーそうだっけ?」
「そうだよ」

 背伸びをしたリッカも負けじと彼の頬をつつこうとして、自分の手が油まみれの軍手だったことに気付いて引っ込めた。中途半端な動きになったので、は不思議そうに目を丸くしたが、何を言うでもなく視線を出口へと向ける。

「じゃあ、そろそろヘリの用意もできる頃だし。行くよ」
「あ、うん……」

 広い神機保管庫でも何となく目立つ新型神機の前に立ち、手慣れた様子でロックを外す。リッカには重くて重くて仕方ない神機を片手ですんなりと持ち上げると、ブーツでガツガツ音を立てながら通用口へ向かっていく。

「――!」
「あいよ」

 開かれた扉から外の光が入り、逆光を受けながらが振り返った。律儀にリッカの言葉を待つ彼を見て、リッカは声を張り上げた。

「……行ってらっしゃい!」

 光の中で、細身の体が大きく手を振った。

悩みは人に相談してください / アネット・ケーニッヒ

「や。風邪引くぞ?」
「あ……先輩」

 肩を叩かれ、アネットは俯いていた顔を上げた。気さくな上司の言うとおり、ラボトラリフロアは空調設備が上手くいかない時期らしく、なんとなく冷え冷えとしていた。サカキ博士のラボを冷やすための冷気が漏れだしているのかもしれない。

 立ち上がろうとしたアネットを片手で制し、も彼女の隣に座った。あまり人が座らないのか、ここのソファはまだスプリングが硬い。

「最近、天気も悪いし。なんか、滅入るねえ」
「そう、ですね」
「天気悪いと足場も悪いし、気をつけないと」

 戦いの最中に体勢を崩しでもしたら、一撃で喰われるだろう。足元を気にして戦うのは神経を使うが、「仕方ない」とはこともなげに笑った。慣れてる、ということだろう。アナグラの最前線で戦ってきた人々と新兵のアネットでは比べものにならないことは分かっていたが、彼女の表情はずんと重くなった。

「でも大丈夫、俺もシユウの目の前で滑ったことあるしさ」
「え! あ、危なかったですね……!」
「ほんと危なかったなあ、無事だったのはソーマのおかげだし」

 ソーマ、と名前が出て、アネットは一瞬だけ声を失った。その様子には苦笑して、アネットの柔らかい金髪を優しく撫でてやる。髪型を崩さない程度の、やわやわとしたふれあい。

「……ソーマは仲間想いだから、いつも気を配ってるんだ」
「は、い」
「だからたまに厳しいけど、全部やさしさなのよ? 分かりにくいかな」

 思わず顔が下へと落ちる。アネットは唇を噛みしめて、何とか言葉をまとめようとしたが、頭上の掌は優しく頭を撫でるだけで、まったく急かす様子が無い。ゆっくりでいいよ、と、穏やかなリーダーの声がするもので、じわりと目頭が熱くなった。

「い、え」
「……」
「ソーマ先輩が、私のために言って下さってるのは、分かるんです」
「うん」
「わ、私が打たれ弱いだけなんですよね。あはは……」
「無理すんなよ、アネットは頑張ってる」

 いつもの気の抜けるような雰囲気でなく、落ち着いたトーンの声。髪を撫でていた手が背中へと落ち、優しくさすられる。いつもは気楽そうなお兄さんというポジションに居るくせに、こういうところでは遺憾なくリーダーの顔をする。ずるい、と、アネットはとうとう嗚咽を漏らした。

「でも、ソーマを嫌わないでな。言葉足らずなだけなんだ」
「……っ、は、い……」
「あと舌打ちは挨拶みたいなもんだから気にすんなよー。俺にも舌打ちだからさ」
「ふふ、はい……」

 リーダーの顔をしながら、いつもの顔も見せる。こうしてアネットを“いつも通り”に引き上げてくれる。ソーマとアネットの双方のバスター使いを理解して、フォローをしにくる。そうやってうまく立ち回ることができるのが、という男なのだろうか。

 アネットは勢いよくソファから立ち上がって、握りこぶしを作った。

「……私、もう一回ソーマさんにミッション同行をお願いしてきます!」
「おう! 行ってらっしゃい!」
「あと、先輩」
「んー?」

 立ち上がって伸びをする先輩に向けて、アネットは、赤い目をして晴れ晴れと笑った。

「ありがとうございました!」

要するに、無理をしすぎないでください / 第一部隊

「リーダー、今日という今日は言わせてもらいます!」
「そうそう! 俺ら、ちょっと怒ってるよ!」

 珍しく自室に訪れた客人たちに声を荒げられ、はきょとんと眼を丸くした。手元のコーヒーサーバーが湯気を上げている。「まあまあ落ち着こうよ」、空気を緩和しようとするような声色でが言う。彼はソファへ座らせた二人へコーヒーを出して、そっとチョコレートを添えた。

「俺、なんか怒られることしたかなあ」
「してますよ! ……コウタ、チョコレートは後にしてください!」
「うえ? あ、ごめんごめん……」

 コウタがチョコレートの甘味をコーヒーで相殺して、苦みに顔をしかめると、急に真面目な顔になった。なんだ、とは内心で構える。バガラリーのネタバレもしていない、レーションの横取りもしていないしむしろ与えている、陳情ならよりツバキ教官宛ての方がいいぞと言おうとして、アリサが静かに口を開いた。

「……私たち、リーダーのミッション記録を見ました」
「? 開示してる情報だし、別に構わないんじゃない」
「問題はその内容だよ!」

 コウタは足をばたつかせて、を恨めしそうに睨んだ。

「最近ミッション誘ってくんないなーと思ってたら、ソロミッションばっかじゃん!」
「そうだったかなあ」
「とぼけないでください!」

 アリサは腰を上げると、の自室のターミナルへ歩み寄り起動させる。私的なファイルは皆無なのでいじくり回されても構わないが、面倒なことになりそうだとリーダーは頬を掻いた。

「――ほら、しかも掃討戦じゃなく討伐ミッションばっかり!」
「スサノオ二匹相手にリスポーンまでしてるし、一人で接触禁忌種はさ!」
「や、それは時間が無くて一人じゃないと無理で……」
「言い訳しない!」

 ぐ、と口を閉じる。確かに状況が切迫していたせいで一人で出撃せざるをえないミッションもあるが、最近は望んでソロミッションにしているのだ。

「リーダー。確かにリーダーは強いですけど、危険すぎます」
「せめてもう一人でも連れてってよ。知らない間にあんたが怪我して動けないとか、俺ヤダよ」
「……」

 二人に心配そうな目を向けられ、溜息を吐きたくなる。こんなはずではなかった。

「……実地訓練のつもりだったんだけどなあ」
「訓練じゃなく実戦ですよ!」
「まあまあ」
「アンタはほんと、無茶ばっかしてさー」

 一人で行くと、アラガミの注意が分散しないせいで、更に精密な狙いや鋭い切り込みが必要になる。隙を見極めるのに役立つのはアリサにも理解できたが、それにしてもずらりと並んだ彼の受注履歴を見て思わず注意したくなるのは仕方が無いことだった。

「というわけで。俺ら、次のミッションには同行するからね」
「……あー、うん。そうじゃないかなあと思った」
「あと、リーダー。今日は叱られる日だと思ってくださいね」
「え?」

 アリサを見ると、彼女は意地の悪そうな笑顔を浮かべていた。様になるのはさすが美少女である。その意味を考える暇もなく、自室の扉が軽い音を立てて開いた。

「ちょっと、リンドウ!」
「勝手知ったる元俺の部屋だ、構わんさ。だろ? 新型」
「……」

 続々と揃う第一部隊のメンバーに、の表情が一瞬固まり、諦めたように苦笑する。それを見て、アリサが付け加えた。

「今ミッションに出てるもう一人は、遅れてくるそうですよ」
「……やだなあ、怖いなあ」
「ふふ。諦めてください!」

 コウタとアリサには心配を、邪推できない直球で投げつけられた。これからリンドウやサクヤには大人の諌められ方をされるだろうし、きっと遅れてくる男は、何も言わずにを殴って、次のミッションに自分をねじ込んでくるだろう。それらは全部を面倒の一言で切り捨てるには、優しすぎる。

「リーダー、無理すんなよ」
「はは。リンドウさんには言われたくないです」
「……言うようになったなぁ」

 は目を細めて笑って、右手に噛みついた赤い腕輪を、ゆっくりとさすった。